著者
森川 真樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.183, 2004

1.発表の目的<br> パキスタンの開発計画では、国家単位の計画においてスラム問題が明確に組み込まれるようになったのは、最近のことである。本発表では、2001年以降に策定された国家開発計画におけるスラム開発の取り上げられ方を検討し、計画や実施に関する課題点を明らかにして、今後を展望したい。<br><br>2.従来の開発計画とスラム開発<br> パキスタンにおいて、国家レベルでの大規模な開発計画が立案されたのは、1955/56年度の第一次5ヵ年計画が最初である。スラムに関連する問題は、当初は都市貧困層の居住問題であり、第二次5カ年計画において、住宅供給の対象に低所得者層も含まれることが明記された。その後も低所得者層対象の住宅提供は、計画の上では取り上げられてきたが、実際に居住問題が解消されることはなく、住環境の悪いスラム地区が急速に拡大した。5ヵ年計画は第八次(1997/98年度終了)まで続いたが、同国の核実験実施やクーデターによる政権混乱等により、第九次計画は発表されなかった。<br>2001年になって政府は、10ヵ年長期開発計画(Ten Year Perspective Development Plan)を策定し、長期展望による開発を目指すと同時に、具体的な事業実施に重心をおいた3ヵ年開発プログラム(Three Year Development Programme)を作成した。そこでは、スラム開発に関する方策がはじめて示されている。これは、同じ2001年に、国内のスラム地区住環境改善に対し、政府からの公式ガイドラインが発表されたことにもよる。毎年の開発計画については、年次計画(Annual Plan)が策定されている。<br><br>3.各計画・プログラムにおけるスラム開発<br> 10ヵ年開発計画、3ヵ年開発プログラム、年次計画のそれぞれにおいて、スラム開発は「物的計画および住宅問題」の項でふれられている。簡単にまとめると、<br>(1)開発方法は住環境改善が中心。不法滞在者居住地では土地正規化を実施する。<br>(2)スラム住民の低所得性を考慮し、サイト&サービス方式によるスキームを策定・実施する。開発主体は県、自治体、住宅開発公社とする。モデルとして、ハイダラーバードで成果をあげた「フダー・キ・バスティ」スキームの手法を利用する。<br>(3)スキームはNGOや住民組織の支援を受け、ジェンダー配慮も含めてコミュニティ参加を重視する。<br>(4)低所得者が住宅建築に係る融資を受けられる制度を提供する。住宅融資機関は貯金スキームを開発する。<br>(5)政府ガイドラインを実行する為、州政府は国有地を民間開発業者に供与、低価格住宅供給を推進する包括案を作成する。<br><br>4.課題点<br> 都市人口の約1/3がスラムに居住すると考えられている事実から、スラム開発が国家レベルの開発計画で取り上げられた点は前進といえる。しかしながら、具体性の欠如および技術移転への無配慮と情報交換不足問題であるといえる。<br><br>5.おわりに<br> パキスタンのスラム開発において、NGOや住民組織による開発では成果が上がっている事例は少なくない。政策レベルでの全国的な支援体制が整いつつある現在、州・県政府や都市自治体の取り組みが今後の焦点になる。地方分権化の潮流ともあわせ、具体的なスラム開発プロジェクトの策定・実施・評価について、ステークホルダー間の協力体制構築、情報交換を中心にネットワークを強化しながら、キャパシティ・ビルディングを目指す必要がある。