著者
椎名 規子
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University:politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.47-81, 2018-03-15

わが国では,非嫡出子の相続分を二分の一と定めた民法900条1項4号但書の規定は,平成25年9月4日の最高裁違憲決定を受け,同年に改正された。しかし依然として,民法上の子の法的地位は,親の婚姻の有無により区別されている。これに対して,欧米各国は,子の法的地位について,親の婚姻の有無と切り離し,子の法的地位を一元化して平等を実現している。しかしかつては,欧米でも婚外子に対して著しい差別的政策を行った。その差別の根拠は,キリスト教の婚姻倫理にあるとされる。そこで本稿は,近代法にも大きな影響を与えたローマ法において,キリスト教の国教化が,婚姻制度や子の法的地位にどのような影響を与えたかを考察する。本稿では,まずローマ法の家族法の特徴および婚姻制度を概観する。ローマ法の初期の時代では,自由な婚姻が認められ,婚姻制度に対する法的規制は最小限にとどめられていた。また婚外子への忌避は,家父権の基礎である家族財産への侵害という実際的理由に基づくものであり,倫理的色彩はなかった。その後,アウグストゥス帝は,ローマの社会の頽廃の防止と人口増加の目的のために,婚姻改革を実行した。このアウグストゥス帝の改革は,西洋の歴史において初めて道徳的・倫理的観点から,婚姻制度に対して法的介入を行なったものである。その後,キリスト教が国教化されるに従い,婚姻制度に対する法的規制には,宗教的倫理が加えられるに至る。キリスト教倫理の下では,神の認めた婚姻のみが適法な男女の関係であった。このように婚姻制度の趣旨が変容するに伴って,子の法的地位も変遷し,婚外子は,さらに苛酷な状況に置かれることとなった。