著者
椎名 規子
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University:politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.47-81, 2018-03-15

わが国では,非嫡出子の相続分を二分の一と定めた民法900条1項4号但書の規定は,平成25年9月4日の最高裁違憲決定を受け,同年に改正された。しかし依然として,民法上の子の法的地位は,親の婚姻の有無により区別されている。これに対して,欧米各国は,子の法的地位について,親の婚姻の有無と切り離し,子の法的地位を一元化して平等を実現している。しかしかつては,欧米でも婚外子に対して著しい差別的政策を行った。その差別の根拠は,キリスト教の婚姻倫理にあるとされる。そこで本稿は,近代法にも大きな影響を与えたローマ法において,キリスト教の国教化が,婚姻制度や子の法的地位にどのような影響を与えたかを考察する。本稿では,まずローマ法の家族法の特徴および婚姻制度を概観する。ローマ法の初期の時代では,自由な婚姻が認められ,婚姻制度に対する法的規制は最小限にとどめられていた。また婚外子への忌避は,家父権の基礎である家族財産への侵害という実際的理由に基づくものであり,倫理的色彩はなかった。その後,アウグストゥス帝は,ローマの社会の頽廃の防止と人口増加の目的のために,婚姻改革を実行した。このアウグストゥス帝の改革は,西洋の歴史において初めて道徳的・倫理的観点から,婚姻制度に対して法的介入を行なったものである。その後,キリスト教が国教化されるに従い,婚姻制度に対する法的規制には,宗教的倫理が加えられるに至る。キリスト教倫理の下では,神の認めた婚姻のみが適法な男女の関係であった。このように婚姻制度の趣旨が変容するに伴って,子の法的地位も変遷し,婚外子は,さらに苛酷な状況に置かれることとなった。
著者
細井 優子
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.25-42, 2018-09-30

近年「社会的排除」という概念は,ヨーロッパの政治的・学問的議論において注目されている。また福祉改革をめぐる議論の中で,社会的排除への対策としての「社会的包摂」が唱えられている。しかし,その注目の高さや重要さにもかかわらず,社会的排除概念の定義はきわめて曖昧であるとの批判がなされる。実際に,社会的排除概念をめぐっては,論者によりさまざまなパラダイムや言説が用いられており明確な定義というものが存在していない。そこで本稿では,社会的排除概念の代表的な論者の議論から共通する糸を紡ぎ出すことで,社会的排除の概念整理を試みる。多くの欧州諸国において社会的排除概念はEUによって輸入されたものであるが,そのEUの社会的排除の考え方はフランスとイギリスにおける同概念に影響を受けている。フランスでは国家がその責任において排除された者の社会的・職業的な包摂を支援するという視点で論じられるのに対して,イギリスでは個人が経済的自立に責任を負い,国家はそれを支援するという視点で論じられているのが特徴である。両国の議論においても社会的排除の定義は定まっているとはいえない。そこでシルバーやレヴィタスの業績のような様々な言説を分析・分類する作業が,社会的排除概念にアプローチしていくにあたり重要な役割を果たすのである。
著者
長島 光一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.67-86, 2018-09

本稿は,福島原発事故を契機に提起されている原状回復請求(除染請求)について,これまでの裁判例を整理し,手続法たる民事訴訟法の視点から訴訟を提起するに際して問題となる請求の特定,確認の利益等の論点を分析するものである。これまでは,民法の物権的請求権のひとつである妨害排除請求の権利実現の問題は顕在化されてこなかった。しかし,妨害排除請求権を根拠に原状回復を求める場合,除染をするという作為請求について,権利者たる原告がその実現方法を具体的に特定していないために却下される判決が相次いでおり,この権利をどのように理解し,どのように考えれば権利が実現するかが実務においても問題になっている。これまでの環境公害訴訟では不作為請求をめぐり同様の議論があったが,解釈や裁判例の積み重ねでそれを乗り越えた過去がある。そこで,民事訴訟手続により権利を確定したうえで,民事執行手続に入るという両者の制度趣旨をふまえて,権利の確定と権利の実現は異なるという違いを再考すべきであり,原状回復請求を認めた上で,執行段階でその権利実現に向けた調整をすればよいと結論付けられる。したがって,除染請求につき,請求の特定レベルで却下するのではなく,妨害排除請求権の有無を判断すべきであり,執行段階でその権利実現を議論し,紛争解決を目指す必要がある。
著者
浜口 裕子
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-24, 2018-09-30

本稿は関東軍参謀として満洲事変を画策したことで知られる石原莞爾の対中国観を追う。石原は満洲事変を起こしたものの,後の日中戦争勃発にあたっては,陸軍参謀本部作戦部長という要職にあったにもかかわらず「不拡大」の立場で,その収拾あたった。そこに至る彼の思想的変遷を,特に対中国観という面から跡づける。若き頃より中国に対して並々ならぬ関心を抱いていた石原は,辛亥革命勃発の際にはその前途に希望を持ち,大きな喜びに震えた。ところがその後軍閥間の抗争に明け暮れる中国に失望し,中国人の政治能力に疑問を抱く。満洲事変直前には,来たるべき日米間の世界最終戦争の準備が必要で,日本が満蒙を領有し,その治安を守る,といった考えを構築する。満洲事変・満洲国建国の過程で,石原の中国人の政治能力に対する懐疑は解け,満蒙独立論に転化,日中平等の民族協和国家の建国を推進する。この民族協和政治の実現は協和会に期待し,満洲を去り参謀本部で自らの構想を提唱するが必ずしも理解されない。「日支平等」の考えを成長させ,東亜聯盟を提唱していく一方で,参謀本部作戦課長や戦争指導課長としてソ連の脅威にどう対処するかを考えざるを得ず,満洲国構想も東亜聯盟論もこの点で意味づけられた。すなわち満洲国-東亜聯盟を完成させ,国防を充実させソ連に対抗し,また日本国内の改造(昭和維新)が必要である,という方向へ向かうのである。
著者
澤田 次郎
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.77-144, 2019-10-31

本稿の目的は1934(昭和9)年から45年にかけての時期を中心に,アフガニスタンをめぐる日本の諜報工作活動を検証することである。1934年,カーブルに日本公使館を開設するにあたって外務省は,アフガニスタンとの親善関係が経済と外交戦略の両面でメリットをもたらし,とくに英ソを牽制することにつながると考えており,このことをふまえて日本公使館は諜報工作活動に着手する。第一に諜報活動については,日本公使館はオシントとヒューミントを組み合わせてさまざまな情報を入手した。しかし防諜面が脆弱であり,郵便,通信を傍受されるだけでなくスパイの浸透を許し,公使館員の行動は英米両国,アフガニスタン当局,あるいはソ連によって捕捉されていた。第二に浸透工作については,日本公使館は石油利権の獲得をめざしたが,アフガニスタン政府の微妙な心境の変化を察知できず,利権をアメリカに回される結果となった。また日本公使館と外務省は6名の学生の日本留学をアレンジし,彼らは帰国後,蔵相・副首相,計画相・最高裁長官をはじめとする要職につき,日本の工作は成果をあげた。ただし彼らの滞日中,ある種の疎外感をもたせたことがネックとなった。第三に特殊工作(謀略活動)については,1937年に武官の宮崎義一少佐が追放されたのち,40年に亀山六蔵中尉がカーブルに入り,諜報活動に着手した。41年以降,ドイツがソ連領中央アジアに対するバスマチ運動再組織の工作を行った際,日本公使館はドイツに協力した。また外務省は元国王のアマーヌッラーを利用すること,アフガニスタンを通じて反英領インド工作を行うことに関心をもっていたが,管見の及ぶ限りでは,具体的な破壊活動を行ったことを示す記録を見出すことができなかった。日本公使館はドイツ,イタリア公使館と交流したものの,三者の思惑は必ずしも一致せず,ドイツは重要情報が日本からソ連に流れることを警戒し,英領インドをめぐって独伊は秘密活動の主導権を他国に渡すまいと考え,日本は両国に非協力的であり,枢軸国間の提携は緊密なものとはいえなかった。以上を通じていえることは,日本は多くの情報を集め,それを活用したが,アフガニスタンでの諜報工作はハードルが高かったということである。
著者
渡邉 泰洋
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.103-127, 2019-03-20

世界的にみて,刑法における性犯罪の処罰をめぐり議論が盛んに行われ,諸外国では性犯罪規定の改正が続けられている。そのような中にあって,わが国でも,2017年に性犯罪規定に関する刑法の大改正が行われ,1908年の刑法施行以来110年ぶりに性犯罪概念が大きく変更された。特に,構成要件の拡大に伴う強姦罪から強制性交等罪への改称や罰則の強化は,従来の犯罪の主体と客体,あるいは行為態様に大幅な修正をもたらすものであり,これらは近年の性に関する社会の意識変化を反映するものといえる。また,国際水準からみても,先進国の性犯罪法制に近接しており,改正の意義は大きい。しかしながら,わが国の改正された性犯罪規定においても課題は少なくない。そこで,同様に近年性犯罪規定の大改正を行ったスコットランド2009年性犯罪法を比較の対象として,わが国の課題と思われる事項を検討した。スコットランドは他の諸国と比べると改正作業はやや遅れたが,イングランドを含む他国の制度内容や運用状況を参考にした経緯があり,逆に後発のメリットもあると思われる。その結果,スコットランド法は,わが国とは次の点で大きく異なり,種々の示唆を与えると考えられる。第1に,性犯罪規定の多様さである。わが国がわずか10ヶ条であるのに対して,62ヶ条の規定を有する。第2に,わが国の性犯罪の手段とされる「暴行と脅迫」を不要とし,被害者の「同意」を犯罪成立要件とし,処罰範囲が広いこと,第3に,挿入による性的暴行罪をめぐる議論を重視していること,第4に,児童の保護規定が充実していること,などである。本稿では,このような比較を通じて,今後見直しが予定されているわが国の性犯罪規定に対する各種の指摘を試みている。
著者
長島 光一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.67-86, 2018-09-30

本稿は,福島原発事故を契機に提起されている原状回復請求(除染請求)について,これまでの裁判例を整理し,手続法たる民事訴訟法の視点から訴訟を提起するに際して問題となる請求の特定,確認の利益等の論点を分析するものである。これまでは,民法の物権的請求権のひとつである妨害排除請求の権利実現の問題は顕在化されてこなかった。しかし,妨害排除請求権を根拠に原状回復を求める場合,除染をするという作為請求について,権利者たる原告がその実現方法を具体的に特定していないために却下される判決が相次いでおり,この権利をどのように理解し,どのように考えれば権利が実現するかが実務においても問題になっている。これまでの環境公害訴訟では不作為請求をめぐり同様の議論があったが,解釈や裁判例の積み重ねでそれを乗り越えた過去がある。そこで,民事訴訟手続により権利を確定したうえで,民事執行手続に入るという両者の制度趣旨をふまえて,権利の確定と権利の実現は異なるという違いを再考すべきであり,原状回復請求を認めた上で,執行段階でその権利実現に向けた調整をすればよいと結論付けられる。したがって,除染請求につき,請求の特定レベルで却下するのではなく,妨害排除請求権の有無を判断すべきであり,執行段階でその権利実現を議論し,紛争解決を目指す必要がある。
著者
長 友昭
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.1-21, 2021-03-25

本稿では,日本法と中国法における氏名権・姓名権および親の命名権について,日中両国の現行法の解釈と実務の状況を紹介することによって明らかする。日本における氏名権は,民法にはほとんど規定がなく戸籍法の関連規定があるのみであるが,司法の実務では,命名権の制限の基準について「悪魔」ちゃん事件で見られるように権利濫用禁止の法理が用いられることが多い。しかし,氏名権の性質からすれば,公共の福祉の保護ないし公序良俗違反の基準が適切である場面も多い。中国については,姓名権として1986年の民法通則や婚姻法において認められていたものが,司法・立法のレベルでさらに解釈され,今般の民法典の中で人格権編に規定が置かれることになった。その過程で生じた「北雁雲依」事件や「趙C」事件を検討すると,公序良俗違反の視点や公共の利益の視点で判決が出されており,その成果が中国民法典の規定にも取り入れられたといえる。
著者
工 一仁
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.185-196, 2020-03-25

満洲の農業開拓事業に従事する人材の養成を主たる目標に掲げて,昭和14(1939)年4月1日に設置された拓殖大学専門部開拓科は,第二次世界大戦終結後,拓殖大学が群馬農林専門学校を吸収合併したのに伴って紅陵専門学校農学科(群馬分校)となり,現在は,拓殖大学北海道短期大学農学ビジネス学科として,広大な北海道深川の地でその歴史と伝統を力強く継承している。学校法人拓殖大学では,中国帰国者の受け入れを全学をあげて積極的に行ってきた。専門部開拓科を中心とする卒業生の多くには,満蒙の開拓事業に全身全霊を持って挺身し,戦争終結時の予想だにしなかった大混乱の中,艱難辛苦の言語に絶する困難を,満身創痍の同胞と共有し経験してきた歴史的所以がある。そして,念願であった日中国交回復後,東京都社会福祉協議会ならびに東京都中国帰国者自立研修センターの委託を受け,本学が学内に開設した「拓殖大学茗荷谷日本語教室」は,他に先駆けての社会的国際貢献活動であった。
著者
浜口 裕子
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-24, 2018-09-30

本稿は関東軍参謀として満洲事変を画策したことで知られる石原莞爾の対中国観を追う。石原は満洲事変を起こしたものの,後の日中戦争勃発にあたっては,陸軍参謀本部作戦部長という要職にあったにもかかわらず「不拡大」の立場で,その収拾あたった。そこに至る彼の思想的変遷を,特に対中国観という面から跡づける。若き頃より中国に対して並々ならぬ関心を抱いていた石原は,辛亥革命勃発の際にはその前途に希望を持ち,大きな喜びに震えた。ところがその後軍閥間の抗争に明け暮れる中国に失望し,中国人の政治能力に疑問を抱く。満洲事変直前には,来たるべき日米間の世界最終戦争の準備が必要で,日本が満蒙を領有し,その治安を守る,といった考えを構築する。満洲事変・満洲国建国の過程で,石原の中国人の政治能力に対する懐疑は解け,満蒙独立論に転化,日中平等の民族協和国家の建国を推進する。この民族協和政治の実現は協和会に期待し,満洲を去り参謀本部で自らの構想を提唱するが必ずしも理解されない。「日支平等」の考えを成長させ,東亜聯盟を提唱していく一方で,参謀本部作戦課長や戦争指導課長としてソ連の脅威にどう対処するかを考えざるを得ず,満洲国構想も東亜聯盟論もこの点で意味づけられた。すなわち満洲国-東亜聯盟を完成させ,国防を充実させソ連に対抗し,また日本国内の改造(昭和維新)が必要である,という方向へ向かうのである。
著者
澤田 次郎
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.19-76, 2020-03

本稿は1880年代における参謀本部の対清情報活動の実態を,福島安正中尉(のち大尉)を主軸に据えて考察するものである。そこでは主に以下の3点を検証した。第一に軍事関連施設の偵察である。まず福島は北京から内モンゴルを,ついで杉山直矢少佐とともに,①上海─南京,②煙台─天津を旅行し,兵要地誌調査を行った。第二に清国社会の観察である。杉山と福島はそうした過程で農民,商人から官吏に至るまで,さまざまな人々に接触し,自国と清国の違いを実感した。第三に北京での清国軍のデータ収集である。公使館付武官となった福島は,清国軍の最新データを収集することに努め,重要文書を入手して大量の資料を日本にもたらした。以上の三つの段階をふまえて,また他の派遣将校たちの情報収集と合わせて,日本陸軍は日清戦争の約10年前から清国軍の全体像をほぼつかむようになっていたのではないかと考えられる。
著者
渡邉 泰洋
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.103-127, 2019-03

世界的にみて,刑法における性犯罪の処罰をめぐり議論が盛んに行われ,諸外国では性犯罪規定の改正が続けられている。そのような中にあって,わが国でも,2017年に性犯罪規定に関する刑法の大改正が行われ,1908年の刑法施行以来110年ぶりに性犯罪概念が大きく変更された。特に,構成要件の拡大に伴う強姦罪から強制性交等罪への改称や罰則の強化は,従来の犯罪の主体と客体,あるいは行為態様に大幅な修正をもたらすものであり,これらは近年の性に関する社会の意識変化を反映するものといえる。また,国際水準からみても,先進国の性犯罪法制に近接しており,改正の意義は大きい。しかしながら,わが国の改正された性犯罪規定においても課題は少なくない。そこで,同様に近年性犯罪規定の大改正を行ったスコットランド2009年性犯罪法を比較の対象として,わが国の課題と思われる事項を検討した。スコットランドは他の諸国と比べると改正作業はやや遅れたが,イングランドを含む他国の制度内容や運用状況を参考にした経緯があり,逆に後発のメリットもあると思われる。その結果,スコットランド法は,わが国とは次の点で大きく異なり,種々の示唆を与えると考えられる。第1に,性犯罪規定の多様さである。わが国がわずか10ヶ条であるのに対して,62ヶ条の規定を有する。第2に,わが国の性犯罪の手段とされる「暴行と脅迫」を不要とし,被害者の「同意」を犯罪成立要件とし,処罰範囲が広いこと,第3に,挿入による性的暴行罪をめぐる議論を重視していること,第4に,児童の保護規定が充実していること,などである。本稿では,このような比較を通じて,今後見直しが予定されているわが国の性犯罪規定に対する各種の指摘を試みている。
著者
大倉 正雄
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.77-138, 2020-03-25

ウィリアム・ペティ(William Petty, 1623-87)の主著『政治算術』(Political Arithmetick, 1690)は,「政治算術」にもとづいて三列強の国力・経済力を分析した書物である。第1・第3章において,オランダ・フランスの国力・経済力を比較分析し,国力・経済力の大きさを決める究極的要因は,領土・人口ではなく交易であるという結論を導き出している。第4章以降においては,先行する諸章での分析結果を踏まえて,イギリスの国力・経済力を分析している。そこでは,人口は国力・経済力の究極的要因ではないけれども,国民総数に占める「余剰利得者」の割合は重要な要因である,という結論を引き出している。第5・第7・第8章では,他の諸章での算術的分析による結果を踏まえて,イギリスの国力・経済力を強化する政策を提案している。第7章では税制改革案が掲げられている。それは,フランス国王ルイ十四世によるオランダ侵略戦争を目の当たりにして掲げられた,政治力・軍事力を強化する提案である。第8章で示された,雇用の拡大による交易の奨励策は,最も重要な提案である。ここでは,海外交易を重視するオランダ型の経済システムにもとづいて,国力・経済力の強化が図られている。さらに第4章の余論では,「理性的な提案」というよりは,「夢か空想」にすぎないという提案が示されている。イギリスの後進地域(アイルランド,スコットランド・ハイランズ)の全住民を,その先進地域(イングランドなど)に移入させるという提案である。この提案も実際には,算術的分析を踏まえて示された国力・経済力の強化策であり,必ずしも単なる夢想ではない。『政治算術』は実践的な政策論議を主眼としており,経済科学の理論体系を構築することを目的にして書かれた書物ではない。ところがこの書物では,ベーコン主義の実験哲学を継受しながら,「政治算術」という経済分析方法が考案されている。その算術にもとづいて経済的・社会的事象が分析され,その分析結果を踏まえて政策が提案されている。このような科学的な分析方法を踏まえて編まれた書物は,経済学史のうえにおいて当の『政治算術』が最初である。このような理由により,方法論の観点から,この書物には経済科学の形成の兆しが見られるといえるのである。
著者
大倉 正雄
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.1-26, 2019-03

ウィリアム・ペティ(Sir William Petty, 1623-87)の主著『政治算術』(Political Arithmetick)は,名誉革命後の1690年に遺著として刊行された。その頃隣国フランスでは,ルイ一四世の財務総監J・B・コルベールによる経済政策の推進によって,国力・経済力が著しく強力されていた。この著書は,イギリスのライバル国における,このような目覚ましい躍進を目の当たりにして執着された。本書の根底には,隣国の急速な台頭に対する脅威の念が,潜んでいる。その課題は,三大強国オランダ・フランス・イギリスの国力・経済力を分析把握することである。ここでは,ペティが自ら考案した政治算術を駆使して,そのような国力・経済力の分析把握が試みられている。第1・第3章では,オランダ・フランスの国力・経済力に対する比較分析がおこなわれている。フランスは大国である割には,小国オランダと比較して国力・経済力が小さい。そのような命題が掲げられている。算術的分析にもとづいて,その命題が真であることを論証する作業がおこなわれている。しかしながら,その分析の展開の仕方には議論の余地がある。そこで採用された分析的枠組みは,妥当ではない。そのために,この算術的分析は当の命題が真であることを,十分には論証していない。
著者
奥田 進一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.47-59, 2017-09

2011(平成23)年3月11日の東日本大震災に伴う巨大津波による福島第一原子力発電所事故に関しては全国で約30以上の訴訟が提起されているが,そのほとんどが政府および東京電力の責任の有無と損害賠償請求に関するものである。そのような中で,「いわき市放射性物質除去請求事件」(東京高裁平成25年6月13日・判例集未登載)に引き続き,福島地裁郡山支部において平成29年4月14日に,農地所有権に基づく妨害排除請求権を行使して,農地の除染による原状回復を請求した事件に対する判決が下された。本件判決は,放射性汚染物質の除去と物権的請求権に基づくその排除請求の可否という,新規事例の積み重ねという点からも重要な事件であるとともに,除染方法の詳細な特定を欠くことや確認の利益性の不存在などを理由として原告の訴えを却下した裁判所の判断に大いに疑義があるところ,とくに紹介して評釈を加えるものである。
著者
澤田 次郎
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University : Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.19-76, 2020-03-25

本稿は1880年代における参謀本部の対清情報活動の実態を,福島安正中尉(のち大尉)を主軸に据えて考察するものである。そこでは主に以下の3点を検証した。第一に軍事関連施設の偵察である。まず福島は北京から内モンゴルを,ついで杉山直矢少佐とともに,①上海─南京,②煙台─天津を旅行し,兵要地誌調査を行った。第二に清国社会の観察である。杉山と福島はそうした過程で農民,商人から官吏に至るまで,さまざまな人々に接触し,自国と清国の違いを実感した。第三に北京での清国軍のデータ収集である。公使館付武官となった福島は,清国軍の最新データを収集することに努め,重要文書を入手して大量の資料を日本にもたらした。以上の三つの段階をふまえて,また他の派遣将校たちの情報収集と合わせて,日本陸軍は日清戦争の約10年前から清国軍の全体像をほぼつかむようになっていたのではないかと考えられる。
著者
奥田 進一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 = The review of Takushoku University:politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.83-98, 2018-03-15

江戸時代から明治期にかけての農村において,全国的に「地割制」という土地慣行が存在したことが知られている。これらは明治の地租改正とその後の耕地整理事業とともに急速に姿を消すが,沖縄では昭和最末期まで存在していたことが確認されている。これは,沖縄の地割制と本土の地割制とに差異があることを意味しているとともに,沖縄ではなぜ地割制が最近まで存在していたのかという疑問をも意味している。そこで,本稿では,本土と沖縄の地割制とを分けて史的に精査して,前者は石高制とともに発生生成してきたものであるのに対して,後者は石高制とは無縁のものであったことを実証し,さらに沖縄においては「家」制度が確立しなかったために,「家」制度を基盤としない地割制が往古より存在し,それが比較的今日まで残存するに至ったということを検証した。つまり,古くからの沖縄の家族制度を明らかにするとともに,それに基づく独特の農地利用慣行について,主に法学的見地から解明したものである。