著者
榎本 長蔵
出版者
社団法人 におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.1, 2014

<p>環境中に存在する「におい」は,いったいどの程度のにおいなのか.ヒトの嗅覚を客観的な尺度として捉え,あらゆる議論に乗せていくためには,少なくともにおいを数値化する必要がある.</p><p>においを数値化するためには大きく分けて2つの手法がある.1つは実際に人の鼻を使ってにおいの強さ,嗜好性,広播性等を測る嗅覚測定法,もう1つは機器を用いて物質の濃度を測る機器分析法である.</p><p>臭気物質の機器分析方法は,公定法として定められている悪臭防止法の特定悪臭物質の測定方法を始めとして,測定対象とする臭気物質の種類や測定目的に応じて様々な方法が用いられてきた.従来より臭気物質の分析法として主に採用されているクラマトグラフィーを原理とした分析手法は,イオンクラマトグラフィーや検出器としての質量分析計の発展により,ますます重要な手法となっている.</p><p>また,ガスクロマトグラフィーの成分分離機能と質量分析計の同定機能,さらに嗅覚による臭質および臭気の強さの評価を組み合わせて複合臭を詳細に分析する,におい嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計や,機器分析法でありながら嗅覚に近いにおい評価を目指した,複数の半導体センサを用いて測定を行う分析機器も実用化されるなど,においの機器分析技術は,日々更なる進化を遂げている.</p><p>本特集では,臭気物質の機器分析に関する知見を有する4名の専門家に表題で示した学会での講演内容を柱として,機器分析を中心とした臭気の測定技術について詳細にご執筆頂いた.</p><p>先ず,高野氏(株式会社島津テクノリサーチ)には「悪臭の測定とにおい分野への測定技術の応用」と題して,悪臭防止法に基づく特定悪臭物質測定や臭気指数測定の概要と留意事項および,におい分野への測定技術の応用について執筆頂いた.豊富な現場経験から得られた臭気測定における重要なポイントを交えて記述されており,実際に悪臭測定を行ううえで非常に参考になる内容となっている.また,複合臭であるにおいを機器分析で評価するにあたっての課題を提示されるとともに,近年,においの評価に積極的に取り入れられるようになった機器分析と官能評価を組み合わせた測定法,機器分析でありながらにおいの質や強さを表現する測定法について紹介されている.</p><p>次に,守安氏,嵯峨根氏,田辺氏(株式会社東レリサーチセンター)には「イオンクロマトグラフィーによる硫黄化合物臭気の高感度分析」と題して,繊維製品の消臭性試験に適用するためのイオンクロマトグラフを用いた硫化水素およびメチルメルカプタンの高感度分析法の開発結果について執筆頂いた.捕集の難しい硫化水素およびメチルメルカプタンガスを,いかにイオンクラマトグラフィーで分析するための試料として効率的に捕集するかの検討を軸とし,併せて,精度良く定量分析するためのイオンクロマトグラフ分析条件を提示されている.稿末では,同手法を更に高感度化し,環境試料の分析へ適用するための検討事項が挙げられている.今後の更なる検討にも非常に期待される所である.</p><p>下村氏(住江織物株式会社)には「金属酸化物半導体センサを用いた繊維製品の消臭性能評価方法」と題して,複数種の金属酸化物半導体センサを搭載した測定機器(におい識別装置)を用いた模擬不快混合臭の評価方法の開発結果について執筆頂いた.実際の臭気は多成分からなる複合臭である.におい識別装置で測定することにより,構成する臭気成分個別の評価ではなく,複合臭としての情報を得て評価を行うことが可能となる.今後,においを客観的に捉えるための測定手法としてますますの発展が見込める技術である.</p><p>最後に,榎本(著者)が「排ガス・室内環境・作業環境等における悪臭物質の測定技術」と題して,悪臭防止法以外の分野で特定悪臭物質に該当する物質の測定方法として採用されている方法について公定法を中心に紹介し,特定悪臭物質測定技術としての適用の可否を考察した.特定悪臭物質の機器分析法として最新の測定技術の適用が検討されるきっかけとなり,また,読者が多様な臭気物質の評価を検討する際の一助になれば幸いである.</p><p>最後になりましたが,本特集の企画にあたりご多忙中にも関わらず執筆に御協力頂きました著者の方々に,本紙面を借り深く感謝申し上げます.</p>