著者
樫山 和己
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.7, pp.476-482, 2019-07-05 (Released:2019-12-13)
参考文献数
8

Fast Radio Burst(FRB)とは2007年にLorimerらによって発見された継続時間がミリ秒程度の突発的なGHz帯電波信号である.非常に大きな分散度(dispersion measure)を持つことから我々の銀河系外,宇宙論的な距離から飛来していることが示唆されるが,その発生メカニズム,起源ともにわかっていない謎の天体である.FRBの起源を解明する上でポイントになっているのは検出装置である電波望遠鏡の角度分解能である.最初にFRBを発見したParkes電波望遠鏡をはじめとする単一鏡型望遠鏡の場合,角度分解能は良くても数分角程度であり,FRBの到来方向のエラー領域の中には大量の銀河が存在してしまう.このためFRBがいったいどの銀河からやってきたかわからない.新しいFRBが発見される度に,電波から可視光,X線,γ線に至る多波長対応天体(カウンタパート)の探査も精力的に行われたが天体の同定には至らなかった.そんな中,突破口になり得る観測結果が2017年に報告された.Chatterjeeらは,FRB 121102という,現在確認されている中では唯一の「繰り返す」FRBからのバーストを長基線の電波干渉計を用いて検出することに成功したのである.これにより到来方向がミリ秒角の精度で決定され,このFRBが地球からおよそ3億光年先にある小さな銀河の星形成領域からやってきていることがわかった.さらに,FRBの到来方向から非常に明るい定常的な電波カウンターパートを検出することにも成功したのである.さて,発見以来,種々の中性子星が行う突発現象とFRBの類似性が指摘されてきた.一方,それらはあくまで似て非なる現象であり,FRBを起こす中性子星は我々の銀河やその近傍には見つかっていない.FRBの起源が中性子星だとするとその中性子星はなんらかの特殊な性質を持つはずだ.目下の課題は,中性子星のどのような特性がFRB 121102の特性(繰り返すこと,小さな母銀河,明るい定常電波カウンターパート,など)と整合的に結びつくのか,である.まず注目すべき特性は年齢だろう.かにパルサーに代表される我々の銀河系内の中性子星はもっとも若いものでも数100歳.生後100年に満たない中性子星が若さに任せてFRBや明るい定常放射を行う,というのは直感的にも理解できる.このような「若い中性子星モデル」はFRBの起源天体の最有力候補である.「若い中性子星モデル」を用いてFRB 121102の観測結果を説明しようとすると,単純に年齢が若いだけでは不十分であり,中性子星が超新星爆発で生まれたときの磁場や回転周期などの物理パラメータが厳しく制限される.興味深いことに,この磁場や回転周期の値は宇宙一明るい超新星爆発を説明するための「生まれたての中性子星モデル」で要求される値にピタリと一致する.この結果はFRBと特殊な超新星爆発との間に思いもよらない関係があることを示唆しているのかもしれない.