著者
橋本 朋宏 横井 輝夫 原口 枝里子
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P2369-H4P2369, 2010

【目的】わが国には約200万人の認知症者が暮らし、家庭内で虐待を受けている高齢者の内、認知症者が8割近くを占めている。虐待を防止し、QOLを高めるためには、不可解と思われる認知症者の言動の意味を理解し、共感することが不可欠である。認知症とは、一度獲得された記憶や判断などの認知機能が減退し、そのことによって生活が営めなくなった状態と定義される。しかし、認知症は、単に記憶障害や見当識障害といった知的道具障害の寄せ集めではなく、これらの知的道具を統括する知的主体が侵されている状態である(小澤 勲)。そこで認知症者の言動を理解するために筆者らは、知的道具を統括する自己認識能に着目し、認知と情動の相互発達モデルとして信頼性が高いルイスのモデルと発達心理学の重要な知見である「心の理論」を評価するパーナーらの「誤った信念」課題を用いて、「心の理論」「自己評価」「自己意識」から構成された"自己認識能からみた認知症者の不可解な言動を解釈するモデル"を作成した。「心の理論」とは、自己や他者の行動の背景にある直接観察できない心の状態(意図・思考・欲求・情動など)を推定する能力のことであり、パーナーらの「誤った信念」課題をわかりやすくした4枚の絵カードを用いて評価する。「自己評価」とは、自己が生きる社会のルールや基準に照らし自己の言動が良いのか悪いのかを評価する能力であり、それらの能力を確認できる4組の絵カードを用いて評価する。「自己意識」とは、自己に対し注視し、他者と自己を区別する能力であり、各人の実態を指し示すシンボルである本人の名前(梶田叡一)、他者の名前、および「あー」という無意味な音を対象者の後方から発し、返事または振り向きの有無で評価する。本研究では、このモデルを用いて、生命やQOLの基盤であり、ADLの内、最後に残る食事機能について分析した。【方法】対象は某特別養護老人ホームに入所している認知症者で、Clinical Dementia Rating(CDR)で軽度・中等度・重度であった28名(平均年齢86.4歳、男性2名、女性26名)。自己認識能の評価は、筆者2名で対象者の注意力の持続や難聴の程度を考慮して静かな場所で行い、対象者を「心の理論」「自己評価」「自己意識」の有無で区分された4段階に分類した。食事評価は、同じ筆者2名が五日間にわたり昼食と夕食での食事場面を観察し、一回の食事に1名ないし同じテーブルの2名の対象者の言動を書き留めた。CDRの評価は、ケアワーカーの責任者が行った。分析は、「心の理論」「自己評価」「自己意識」の有無で区分された4段階それぞれの食事場面の特徴を整理し、筆者らのモデルに基づいて解釈した。尚、拒絶した1名は対象から除き、1名のみの「心の理論」課題通過者は、分析対象から除いた。 【説明と同意】施設長に研究プロトコルを提出し、書面にて同意を得た。対象者には口頭で説明し、拒絶反応がみられた場合は中止した。【結果】それぞれの段階の特徴を示した。1.「心の理論」課題は未通過で「自己評価」課題を通過した対象者9名 CDR:中等度~重度 「もうあんぽんたんやから」など自己を卑下する言葉がよく聞かれた。こぼれたものは箸やスプーンで拾い、食べようとはしなかった。また、こぼれているものを手に持った皿で受け止めようとする者もいた。食欲がない者では、食事に手をつけようとしなかった。2.「自己評価」課題は未通過で「自己意識」課題を通過した対象者6名 CDR:重度 こぼしていることにあまり注意をむけなかった。こぼれたものを手づかみで食べ、皿をなめる者もいた。また、顎などについたご飯粒をとろうとはしなった。3.「自己意識」課題未通過の対象者12名 CDR:重度 こぼしていることに全く注意をむけなかった。三分の一から半数の者が、スプーンが口元に運ばれるが口を開けず、口の中のものを飲み込まずに溜め、おしぼりやエプロンを口に入れてもぐもぐしていた。【考察】「自己評価」課題通過者では、自己の知の低下を認識しているように、食事場面においても自己の状況である自己が食べている場面や自己の食欲を認識していた。「自己評価課題」未通過者では、自己の状況への認識が薄れ、食べ物をこぼしていることにも注意をむけなかった。そして、自己の行動を社会のルールに照らし評価できなくなり、他者の目を気にせず、こぼれたものを手づかみで食べ、皿をなめる行動がみられた。「自己意識」課題未通過者では、食べ物が口の中にある自己の状況を認識できず、長時間口の中に溜め、おしぼりを口に入れるなど行動に目的性が失われていった。【理学療法学研究としての意義】不可解だと思っていた認知症者の食事場面での言動を解釈できることで、彼らに共感できるようになる。そして食事場面での共感を通して、生活全般への共感に発展し、その結果として、認知症者のQOLが高くなることが期待できる。