- 著者
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櫻井 厚
- 出版者
- 千葉大学
- 雑誌
- 基盤研究(B)
- 巻号頁・発行日
- 2003
本報告書では、食肉産業、なかでも日常的には隠されている屠場労働者、さらに皮革産業では、原皮のなめし業従事者、革の加工のひとつである靴職人や太鼓職人などの生活史インタビューをとおして、かれらのライフストーリーを集積するとともに、それらの資料をもとに人びとのアイデンティティがどこにあるのか、今日の被差別観はどのような変化を見せているのかを、被差別部落内居住者、被差別部落出身だが部落外居住者、さらに非部落出身者など、部落差別と関連づけながら検討したものである。全体は二部構成になっている。第一部は、本書の問題意識と関連させて現在の被差別部落の様相と現状の課題を検討し、それぞれの産業従事者の生活史の具体的な様相と人びとがかかえる困難をあきらかにする論文から構成されている。第二部には、(1)屠場(食肉センター)労働者および屠畜関係者の生活史インタビュー・トランスクリプト(書き起こし)と解釈、(2)皮なめし業従業者の生活史インタビュー・トランスクリプトと解釈(3)靴職人の生活史インタビュー・トランスクリプトと解釈、を収録した。それぞれのライフストーリーに基づいた自己アイデンティティと被差別意識のとらえ方は、その方法論的な吟味とともに今後の課題でもあるが、さしあたり、本調査研究をとおしてこの業種に対して確認できたことは次の点である。ひとつは、食肉・皮革産業に対する忌避観を表象する言説は、かつての「ケガレ」意識や「環境問題」言説から、生命尊重や動物愛護に裏打ちされた「教育問題」言説へ移ってきていることである。この最近の変化は、長く食肉文化を謳歌してきた欧米においても動物愛護やベジタリアンの登場とあいまって静かな広がりをみせている。二つめは、「部落産業」と呼ばれるように部落差別の根拠とされていた産業が、被差別のまなざしを向けられる地域と離れることによって職業差別と結びついて発現されるように変化してきたことが、この産業に働く人びとの被差別意識の変化のなかに伺うことができる。