著者
山田 健司 水村 容子 小川 信子 一番ヶ瀬 康子
出版者
群馬松嶺福祉短期大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

(1)日本の現行公選法規定は、法規上心身能力低下をもつ選挙人の選挙権行使を実質上抑制阻害している。当該規程は、1951年地方選挙で発生した大規模不正投票の再発防止を理論的根拠としている。しかしながら、当該規程は、不正投票発生原因に対応したものではなく、在宅投票制度全体を不可能とする投票権侵害=選挙権侵害=違憲状態を生ずる原因となっている。1974年に一部復活した郵便投票制度以降を勘案した場合も、同様な違憲状態にあり、この状態は70数年間に及んでいる。(2)介護保険の要介護認定者は、本調査結果の範囲において半数以上が、非投票である。非投票原因は、主として体調の不調と移動困難性である。これは、能力低下レベルとは相関していない。また、移動困難性は通常の移動手段(歩行運動機能レベル)とは関連がなく、自宅と投票所間の投票当日における移動手段の確保を意味している。身体上の能力低下は、投票行動において障害とは言えず、非投票を惹起する原因は、環境因子によって生じている。したがって現行公選法規程が、重度歩行運動機能低下を在宅投票の事由とすることは、実態的論理的に誤謬である。(3)オランダでは、本調査結果の範囲において心身能力低下と公選における非投票とは関係がない。非投票は、自由意志による積極的投票拒否である。またスウェーデンは、在宅投票を不在者投票の一環として制度化し、投票環境の改善によって投票率の向上を恒常的に国策として進めている。(4)以上の結果から、現行公選法規定は、投票権の制限よって心身能力低下をもつ選挙人の選挙権剥奪を行っているといえる。また、すでに心身能力低下をもった高齢者が選挙人人口中に一定の比率を占めており、高齢化によってその人口は激増していくことが予想される。これは、わが国において行政政策への非関与、社会保障施策当事者性の奪取という現象を生じせしめ、人権保障の実体外人口を実質的に増加させるものである。(5)現行公選法が改正され、心身能力低下=投票バリアが解消する場合においては、公権行使への関与階層が未経験域に変化する。また改正が無い場合には、修正資本主義の自己矛盾つまり社会保障機能不全による社会制度倒壊へシフトする。いずれのケースでも、わが国は近い将来において、今と異なる社会形成を経験する可能性が高く、このことは日本自らが、社会と人間のとりわけ本質的な在り方を、本格的に問うべき時の訪れを意味している。