著者
中内 洋一 水野 信行
出版者
Japanese Dermatological Association
雑誌
日本皮膚科学会雑誌 (ISSN:0021499X)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, 1962

内臓惡性腫瘍が之に伴う皮膚病変によつてはじめて発見される場合の,即ち腫瘍症状に先立つて,之を疑わしぬるに足る皮膚病変の現われることの必ずしも稀でないことは,諸家も記載する所である.此のような場合屡々,内臓惡性腫瘍が根治不能の域に達して居るから,"皮膚病変拠る惡性腫瘍発見"の意義は左程大きくないとも看倣されるかも知れない.然しながらRothmanはその第2例に就いて「若し我々が斯かる皮膚変化が腹部腫瘍との関連に於て生じうるということを知つて居たら……,患者を助ける事は出来なくても,姑息的手術に依つて,目的に適うように治療することが出来たろうに……」と,死の直前まで腫瘍の診断がつかずに死んだ患者の苦痛を救い得なかつたことに遺憾の意を表して居る.たとえ根治手術は不能であつても,手術,放射線,抗癌剤などに依つて癌患者を苦痛から救い,延命を策する道の拓けた今日,内臓惡性腫瘍に伴う皮膚病変を知る事の意義は少しとしない.内臓惡性腫瘍に伴う皮膚病変は近時諸家に依つて注目され,本邦に於ても,上野の黒色表皮腫に関する,また古谷の皮膚筋炎と惡性腫瘍との関係に関する詳細な記載がある.内臓惡性腫瘍の皮膚転移に関しては北村教授他の記載もあるが,之に結節状を呈するものの他,紅斑を主徴とするものがあつて,夙に丹毒様癌腫(Carcinoma erysipelatodes)の名で知られている.近時中村はその1例を報告,また肉腫転移に因つて之と同様の所見を呈するものに就いての吉田の報告がある.著者等の例は,瘙の著しい丘疹紅斑性皮疹を主訴として来院したものであつて,観察中顔面,上肢の浮腫,呼吸困難等を訴え,同時に腹壁に静脈怒脹の見られたことに依つて縦隔洞腫瘍を疑い,レ線検査に依つて肺の原発性惡性腫瘍及び縦隔洞腫瘍の存在を知つたものである.内臓惡性腫瘍に見られる転移以外の皮膚病変については夙にCarriere(1896)の記載する所であるが,綜説的記載は,蓋しRothman(1925)が自家症例3例の記載と共に行つたものを嚆矢とする.そして今日までに数十例の報告がある.Rothmanは之を4範疇に分類し,その1として「中毒性滲出性症状を呈するもの」を置いているが,著者等の例は之に属するものである.近時中村等(1955)は子宮癌の放射線療法中,一過性ではあるが全身に発生する一連の皮膚病変が可成り多く見られることに注意,その22例を蒐集,またそれ等とは別に全身に持久性蕁麻疹様の極めて難治の皮疹が子宮癌の経過中に発生,その剔除によつて急速に改善したものを診,それ等につき詳細に記載して居る.