著者
永井 洋士
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.87-93, 2019-08-27 (Released:2019-10-07)
参考文献数
5
被引用文献数
2

万人が願う医療の進歩には,新たな治療法の開発だけでなく,今ある治療法の最適化が必要なことは言うまでもない.両者を推進する手段が臨床試験であり,その成果は直接医療に還元されるが故,目の前の患者に不利益が無ければよいものではなく,未来の多くの患者にも不利益があってはならない.そのためには,実施する研究の科学性と信頼性を十分に確保する必要があり,国民に誤ったメッセージを与える研究は国民福祉上の脅威である. であるにもかかわらず,偽りのデータに基づいて論文が作成され,それを利用して大々的に自社薬の販売促進が図られたのがディオバン事件であった.当時,国やマスコミは犯人探しと企業の責任追及に躍起だったが,そのような問題の発生を許した背景として,わが国にはアカデミアで行われる臨床試験の信頼性を確保する科学の基本的ルールが欠如したことをよく認識せねばならない. 同事件をきっかけに,ようやくわが国でもアカデミア臨床試験の信頼性に関する議論が始まり,2018 年の臨床研究法の施行に至ったのである.臨床研究法によって,アカデミア臨床試験の信頼性はある程度向上するであろう.しかしながら,本法は外部との整合性や連携を十分に考慮しない法規制であり,本法の下で行われた研究でどんなに良い成果が得られても,それを具体的な国民利益に還元する仕組みがない.すなわち,薬機法との連携が無いため,本法下の臨床試験でどれだけ良い成績が得られても,医薬品・医療機器等の承認や適応拡大にはつながらないのである.換言すれば,この法律には臨床研究の成果を積極的に医療と国民福祉の向上に役立てようとする姿勢が見えないのである.そもそも臨床研究の原点は,たとえ目の前の患者は救えなくても,次の患者は救いたいという医療者の「心」である.今一度,その原点に立ち返り,医師とそれを支える医療者の「心」に報いる制度の確立を願って止まない.