- 著者
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永島 朋子
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.218, pp.183-204, 2019-12-27
本稿は、延喜太政官式123考定条に規定されている挿頭花(かざし)を素材に、平安貴族社会の可視的表象の一端について考察した。挿頭花には造花を装飾する場合と生花を装飾する場合とがある。『延喜式』では一例のみ挿頭花についての記載が見える。それが延喜太政官式123考定条である。延喜太政官式123考定条は、八月十一日に太政官職員の長上官の考文を太政官曹司庁で大臣に口頭報告する儀式である。しかしながら、延喜太政官式123考定条は、挿頭花が穏座三献の場で装飾されることを定めているのみで、実態については記していない。そこで、定考の挿頭花装飾の具体的な様相を解明するため、『政事要略』巻二十二所引西宮記本文に着目し、検討を加えた。その結果、定考での挿頭花には大臣は白菊、納言は黄菊、参議は竜胆、弁以下少納言には時の花(=生花)の挿頭花が装飾されていること、その装飾の場面は太政官曹司庁で行われる饗宴のうち穏座三献であること、穏座三献で用いられている挿頭花は雅楽寮が奏楽を行う間、挿頭花装飾者よりも下位の者が手に取り、装飾者の冠に挿すこと、それがひと続きの作法であったことなどの特徴を抽出した。その上で、定考で用いられる挿頭花の区分は太政官政務処理上の権限の違いを可視化していることなどを指摘した。そして、『政事要略』所引西宮記本文が『西宮記』を著した源高明が大納言として習得した村上天皇の天徳・応和年間(九五七~九六三)までの様相を伝えていることから、この段階までには挿頭花装飾の序列と装飾者の固定化が生じていることを確認した。定考は、天皇の出御が見られないとはいえ、天皇の官制大権に関わる儀式でもある。その穏座三献で挿頭花を用いる制度的な根拠となったのが、延喜太政官式123考定条であることなどを述べた。