著者
ラディカ ガブリエル 永見 文雄
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.84, pp.299-318, 2016

クラランの「失敗」の分析をジュリーの最後の悲しみの上に根拠づける注釈者たちがいる。しかしこの時彼らは小説で感じ取れる,物語に沿って女主人公を変容させる時間の経過というものを考慮に入れていない。『新エロイーズ』はなるほどルソーの認める通り派手な筋立てのない小説だが,しかし個人の変化と人物の同一性との間の関係を理解する特権的な場なのだ。ところでこの小説におけるこのような変容の研究は,変容の道徳的な,より的確に言えば完璧主義的な次元をあらわにする。ジュリーの完璧主義という仮説によって,道徳上の実践的で文脈内的なこの観念の仮説によって,この小説の倫理的寄与がどの点にあるかを理解することが可能となる。それは書簡の中から集められた硬直した理論的な教えの中よりむしろ,小説の進行の統一性の中に,ジュリーの道徳的探究,すなわち対話による反省的な探究の方法の中に存在している。
著者
ヴィアール ブリュノ 永見 文雄 訳
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.201-224, 2015-10-30

心理学者ルソーの豊かな革新の数々を示したい。ルソーは原罪を退け人間の自己愛を正当化したが,自己愛の対極にある自尊心をも重視した。自尊心とは他者の視線に対する気遣いだ。自尊心の危険を示したのはルソーが最初でなく,十七世紀のモラリストがルソーの先駆者である。人間には性的欲求・物質的欲求・承認の欲求の三つの基本的欲求があるが,ルソーには承認の欲求にほかならない自尊心の正方形が見られる。虚栄心が他者への軽蔑を生み,羞恥心が羨望を生む。傷ついた自尊心にはこの四つの顔が認められ,四者は緊密に結びついている。ルソーの自伝作品には虚栄心と軽蔑,羞恥心と羨望の組み合わせがしばしば見られる。ルソーの延長上にヘーゲル,ジラール,アドラー,サルトルを置くことができる。ルソーの作品にはホリスムと個人主義の両極端が同居している。ルソーが提供する精神分析の道具によって,ルソーの敗北がすなわちルソーの勝利であることがよくわかる。