著者
江端 信浩
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.272, 2013 (Released:2013-09-04)

1. はじめに 洪水を堤防内で処理する河道改修方式による治水が限界視されて久しく(岸原・熊谷, 1977), また生態系への影響等,河川環境に配慮した治水が求められている中(河川審議会,1996), 氾濫を受容する伝統的治水工法が再評価されてきている(大熊1997など).中でも,水害防備林(以下,水防林)は,経済面・農業面でも寄与するなど,治水機能以外にも多様な機能を持つとされている(上田1955など).ただ,水防林は全国的には減少の傾向にある(渡辺,1998).本研究では,水防林が今日まで維持されている木津川流域に注目し,その背景を明らかにし,水防林の今日的な意義と活用可能性について検討する.対象地域は,淀川水系木津川流域の山城盆地(京都府木津川市),上野盆地(三重県伊賀市)である. 2. 研究手法 明治時代以降現在までの新旧地形図読図を通して木津川流域の水防林の分布の変遷をたどり,次に,水防林の分布と地形・地質との関係を考察した.さらに,流域の市町史等の歴史,国土交通省や林野庁等への聞き取り調査を基に,水防林がどのように維持・管理されてきたかという点について明らかにした. 3.結果・考察 水防林の消長の状況は,流域内でも地域により大きな差異が見られた.上野盆地下流部の岩倉狭窄部手前では水防林の大半が消失したが,山城盆地では,水防林の大半が残されてきた.上野盆地下流部では狭窄部手前で三川が合流するため,氾濫が常態化し,上野遊水地事業の着手に伴い水防林がほぼ一掃されたが,山城盆地では,硬岩の分布や地形の相違の影響を受けて生じた水衝部付近,支流の天井川沿いを中心に,水防林を活かした治水がなされてきた.ただ,上野盆地でも上流部では水防林の残されている箇所が多く,霞堤や堤内地の水田とともに遊水機能を発揮し,遊水地を補完する役割を担っている.また,上流・下流ともに,破堤地形や旧河道など水害が発生しやすい箇所や,堤防の整備状況が不十分な箇所にも水防林は分布していることがわかった.木津川水防林の持つ機能は,上記のような水防機能に止まらない.流域の水防林のマダケは,上流部の上野盆地においては,江戸時代から昭和時代にかけて伊賀傘(和傘)の原料として使用され,一方,下流部の山城盆地でも南山城地域の竹材生産額において一定の割合を占めるなど,流域全体で経済的機能を果たしてきた.近年では竹材の持つ経済的価値は低下したものの,現在ではその文化的意義が注目される.伊賀傘は現在でも上野天神祭で使用されており,山城盆地の御立薮国有林のマダケは東大寺お水取り用の松明として活用され,伝統行事において一定の役割を担っている. また,ダムによる治水の生態系への悪影響が懸念される中(河川審議会,1996),水防林の持つ環境的機能も注目される.水防林は.上述の遊水機能に加え,浄化(ゴミ除去)作用を持ち,さらに河川景観の要素ともなっている. 以上のような水防林の多面的機能を河川管理者や流域住民が認識し, 適切に管理・保全していくことが今後一層重要になってくるであろう.