著者
津田 翔太郎
出版者
日本社会学理論学会
雑誌
現代社会学理論研究 (ISSN:18817467)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.70-82, 2019 (Released:2020-03-09)

本論は、自己の社会適合性を強調した多元的アイデンティティ論と、不適合性に焦点を当てた統合的アイデンティティ論の分断を乗り越え、今日的なアイデンティティを包括的に捉えうる理論の構築を目指す。アイデンティティ概念は当初、統合的な近代的自己が理想とされ論じられていたものの、社会状況の変化に応じて構成性や多元性が強調されるようになっていった。その一方で近年は、流動化が進展した社会から廃棄される不安や恐れの増大や、心・脳・生物学的身体などを参照する自己観など、統合的アイデンティティを志向する心性の台頭も指摘されている。 このような、多元的でありながら統合的でもあるアイデンティティを説明しうる視座として「自己物語論」、「身体論」、「多元的循環自己概念」が挙げられ、これらを参照すると今日的なアイデンティティは、身体を源泉とした「すでに自己構成した語り手」によって存立し、社会構造の流動化への適応度合いに応じて統合的/多元的性質を獲得すると考えられる。 この文脈における統合への志向性は、単に流動化に不適合な心性というだけではなく、他者関係の中でふいに立ち現れる、主体性に基づいた〈統合的アイデンティティ〉の萌芽として捉えることができる。しかしこの〈統合的アイデンティティ〉は、理想化された行為者が前提とされているために、現実社会においていかにそのようなアイデンティティが実現可能かについて模索していく必要がある。