著者
浅田 裕子
出版者
日本手話学会
雑誌
手話学研究 (ISSN:18843204)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.31-39, 2019-12-10 (Released:2020-12-21)
参考文献数
19
被引用文献数
1

手話言語では、複数の要素を列挙する場合、非利き手の指を一本ずつ横に伸ばし、数のサインを保持することで、利き手の列挙操作における補助的機能を果たす場合がある。従来研究でよく知られているのは、非利き手の指を一本ずつ横に伸ばしていくタイプ(標準型)の列挙浮標であるが、日本手話においては、非利き手の指を内側に折りこんでいくタイプ(内向き型)も存在する。興味深いことに、この内向き型列挙浮標は、日本手話話者や音声日本語話者が使用する数を数えるジェスチャーと表現形態が類似している。そこで本研究では、日本手話母語話者と音声日本語話者を対象に調査を実施し、二タイプの列挙浮標と音声日本語話者が発話時に使用する数のジェスチャーの分布を比較した。この結果、手話話者の使用する内向き型列挙浮標とジェスチャーでは、いくつかの重要な差異があることが明らかになった。この観察に基づき、本論は、日本手話の内向き型列挙浮標は数を数えるジェスチャーから文法化した言語的要素であると提案する。内向き型列挙浮標は、ジェスチャーにはみられない離散性、階層性、そして形式と意味の対応という人間言語の本質的特性を示している。最近の諸研究ではジェスチャーと手話サインの境界について活発な議論が交わされているが (Kendon 2008, McNeill 2000)、本研究の調査結果は、ジェスチャーと手話サインを区別する実証的証拠があるという立場 (Goldin-Meadow & Brentari 2017) を支持するものである。