著者
浪越 通夫 永井 宏史
出版者
東北薬科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

日本に棲息するヒトデ類の中には、捕食者に襲われたり物理的に傷付いた時に、障害を受けた腕を切り離す能力をもつものがいる。マヒトデ(Asterias amurensis、キヒトデとも言う)はその代表的な例である。本研究では東京湾と陸奥湾のマヒトデを対象に、自切誘導の刺激が加えられてから腕が切り離されるまでの経過の観察、自切中のヒトデの切片標本の作成と光学顕微鏡観察、および自切を誘起する生体成分(自切誘導因子、APF)の分離を行った。東京湾のマヒトデは陸奥湾のものよりも自切しやすい。マヒトデをオートクレープバックに入れ、加熱して自切させて得られる体腔液を正常なマヒトデの腕に注射すると自切が誘導されるので、これを生物検定法に用いて研究を行った。マヒトデの腕にAPFを含む溶液を注射し、口側と反口側の両方からビデオ撮影して外部変化を観察した。また、開裂部の組織切片の顕微鏡観察を行った。外部観察より、自切の始めに反口側の体表のコラーゲン組織の軟化が起こり、次に口側の歩帯板が断裂することが分かった。この時、ヒトデは自切させる足を固定し、表皮のコラーゲン組織を引きちぎる行動を示した。組織切片の観察では、歩帯板をつなぐ筋肉の異常な収縮が観察された。このことから、歩帯板の断裂は、歩帯板間をつなぐ筋組織の逆向収縮により、コラーゲン組織からなるじん帯が引き割かれることによって起こると考えられる。加熱処理した体腔中に放出されるAPFの分離を行った。自切を観察する生物検定試験を指標にして、ゲルろ過クロマトグラフィー、次いで高速液体クロマトグラフィーを繰返すことによりAPFを分離した。ほぼ単一のピークを示すHPLCフラクションが自切を誘導することを突き止めた。この物質は超微量しか含まれていないため、HPLC分取を繰り返して^1H及び^<13>C NMRスペクトルを測定した。最終構造の決定は現在なお進行中であるが、この物質はニコチンアミドの誘導体と考えられる。