著者
清水 颯
出版者
北海道大学大学院文学院
雑誌
研究論集 (ISSN:24352799)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.237-251, 2022-01-31

本稿では,義務づけ(obligatio / Verbindlichkeit)の根拠をめぐる18世紀ドイツ倫理思想を,完全性(perfectio / Vollkommenheit)との関連から考察する。完全性を実現するよう自らを義務づけるという発想を倫理学の原則として採用するのは,18世紀のドイツ倫理思想においては常識的見解だったからである。例えば,当時の講壇哲学を席巻していたヴォルフ学派の倫理学においては,完全性を求めることが倫理学の基本原理となっている。ここでは,三人のヴォルフ学派の思想家を取り上げる。 ヴォルフはライプニッツから多大な影響を受けながら,「多様なものの一致(Zusammenstimmung)」と定義される完全性を倫理学の中心概念へと据えた。完全性へと向かっていくよう努力することが人間には義務づけられており,それは自らの自然本性によって要求されるために,義務づけの根拠は「自然の法則(Gesetz der Natur)」となる。それゆえ,完全性へ努力する義務は「自己自身に対する義務」であると明確に打ち出しているヴォルフは,カントの義務づけ論の始祖とみなすことができるだろう。 その次に取り上げるモーゼス・メンデルスゾーンは,理性によって洞察される完全性を求めることを原理としたヴォルフ的な理性主義的完成主義の枠組みをほとんどそのまま採用している。しかし,理性だけではなかなか行為へと動かされない人間のあり方を鋭く見抜き,感情的側面と蓋然性を積極的に評価する点で,メンデルスゾーンの倫理学はヴォルフの倫理学とは異なっていた。 三人目として,カントが直接的に影響を受けていたバウムガルテンを取り上げ,完全性へと義務づけられるとはどういうことかを『第一実践哲学の原理』に則して紹介する。その際,カントによってバウムガルテンの著作に書き込まれた記述や講義録から,カントのバウムガルテンへの批判点にも注目する。最後に,カント以前の義務づけ論がカントへ流れていった形跡に簡単に触れることで,18世紀ドイツ倫理思想史の一側面が明らかにされる。