著者
渡邉 俊彦
出版者
拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター
雑誌
拓殖大学台湾研究 = Journal of Taiwan studies, Takushoku University (ISSN:24328219)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.59-76, 2020-03-25

台湾では2015年6月に中華民国国家発展委員会より公布の「推動ODFCNS15251為政府文件標準格式實施計畫」および2017年10月に公布の「推動ODF-CNS15251為政府文件標準格式續階實施計畫」により,「開放性檔案」と呼ばれる仕様が公開されたファイル形式の利用が進む。台湾が選択したその形式は国際標準化団体OASISにより国際標準として策定されたODFであり,それをODF-CNS15251として国内規格化させ,次に上記実施計画を以て同規格を政府文書の標準ファイル形式と位置づけ,普及の措置を提示した。本稿は実施計画の概観と,その普及の一例として一部大学の対応を取り上げ考察への根拠とした。現状台湾では入力編集が必要な文書はODFを用い,閲覧専用ではPDFを用いるとの方針が既に徹底され,ODFは一定程度普及したものと考えられる。一方ここで言う普及とは,政府機関がダウンロードを通じ閲覧者へ提供するファイルにおいて,と限定的ではある。他方,方策により教育機関でODFの利用を主軸とした情報教育が今後更に行われることが予想され,ODFが個人利用においても浸透する可能性を台湾は持ち合わせる。実施計画はそれを見越したものである点も指摘されるべきであり,要するに台湾でのODF普及の位置づけとは,政府側による標準化と個人側によるそれの受身的な利用,そしてその延長上には教育を通じた個人側の自主的な利用を段階的に促すものである。この一連の流れは台湾をODF普及の先駆的事例として見做すべきモデルであると結論付けた。
著者
渡邉 俊彦
出版者
拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター
雑誌
拓殖大学台湾研究 = Journal of Taiwan studies, Takushoku University (ISSN:24328219)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.55-76, 2021-03-25

本稿は,台湾華語の句頭語気助詞「啊」を用いる表現に対して初歩的分析を試みることを目的とする。分析方法は,蘋果日報の記事中でかぎ括弧を用いて記録された「啊」を含む実例から,「啊你」で始まるフレーズ200例を対象として,閩南方言に対する先行研究が指摘する「啊」が有す,尋ねる意味を強調する・突出した感情を表すとの二つの意味を参考として,台湾華語の「啊」が閩南方言から台湾華語へ転移したものなのかを検討し,同時に用法に対して考察を加えた。結果,台湾華語の「啊」が示す意味は,閩南方言の先行研究が指摘の二つのいずれかを意味しており,実例より「啊」は閩南方言から台湾華語へ転移したものだと結論付けた。用法の特徴としては,疑問の表現では,話者は相手に対して今話題となっている事柄に強い関心があることを示し,かつ相手から回答や反応を聞き出したい目的や思惑が込められているものと考えられた。一方,陳述の表現では「啊」の後文に感情面を直接的に描写する語彙が同時に出現する特徴が見られたが,このような語彙はそれら自体だけでも感情面を一定程度表すことができるため,これらが「啊」と同時に使われることで,「啊」がある場合とない場合では,それが突出する感情面の表現に対しどれほどの差異となりえるのか,さらに言えば「啊」の有無による表現上の違いの境界線については,更なる言及が必要であることを指摘した。
著者
渡邉 俊彦
出版者
拓殖大学言語文化研究所
雑誌
拓殖大学語学研究 = Takushoku language studies (ISSN:13488384)
巻号頁・発行日
vol.142, pp.259-277, 2020-03-25

本稿は,台湾華語の句頭に出現する「啊」を扱い,関連の先行研究からこの「啊」が台湾で使われる理由を整理することを目的とする。句頭とは,発話の最初あるいはフレーズの最初の位置のことを指す。この台湾華語で句頭に「啊」と表記されるものの中には,感嘆詞の用例のみでは解釈しがたいもの,すなわち規範的とされる用法から逸脱するものが存在する。その発音は多く[aʔ](-ah)と発音されること,ならびに台湾という地域における言語環境の歴史的な経緯から閩南語の影響を受けたものと推測し,閩南語の「啊」に関する先行研究を整理した。その結果,先行研究では閩南方言を母語のひとつとする地域において使われる標準中国語を「地方普通話」として部類した上で,それは規範的とされる中国語の習得途中で形成された一種の中間言語であると見做す。つまり,本稿で扱った台湾華語における句頭語気助詞「啊」を含む方言要素は,基本的に転移の結果であることが先行研究からの大まかな見解であった。一方で行政院主計総処(2010)の統計を前提として,台湾人口の約8 割にあたる人が家庭内で閩南語,あるいは閩南語ともうひとつの言語として台湾華語を使っていることを考慮すると,一概に習得途中において形成された一種の中間言語として台湾華語を位置づけ,その中で句頭語気助詞「啊」を単なる転移の結果とするのは,今後も引続き議論が必要であることを本稿は指摘した。
著者
渡邉 俊彦
出版者
拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター
雑誌
拓殖大学台湾研究 = Journal of Taiwan studies, Takushoku University (ISSN:24328219)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.55-81, 2019-03-08

本稿は,中華民国教育部 の「国字標準字体教師手冊」で解説される標準字体の通則と,フォント「Arial Unicode MS」の繁体字グリフ(字形),この二者の対応性についてまとめることを目的とする。Arial Unicode MS が持つ繁体字専用グリフは,繁体字専用にデザインされてはいるが,その字形は教育部の標準字体に準じたものではない。これは,現行のMicrosoft Windows に標準搭載された繁体字フォントの全てが原則標準字体に準じたものとなった台湾の現状からすると,Arial Unicode MS はコンピュータに標準搭載の繁体字フォントにおいて少数派となる「非標準字体」を表示可能とする存在となった。1998 年に登場したArial Unicode MS は,かつて文書処理ソフトMicrosoft Word の機能的制約から,繁体字グリフを使うことができず,台湾の文章処理で利用されることは限定的であった。そのため該当フォントが繁体字フォントの一種として考察の対象となることもやはり稀であった。そこで本稿はArial Unicode MS に着目することがフォントの標準字体化が進む台湾において,標準化前の繁体字の様相を知る手がかりとなり得ると考え,これを動機とした。分析の結果,標準字体の通則とArial Unicode MS の対応性は,同じ通則の中でも,対応している文字と,対応していない文字が混在している点,および通則を基準にArial Unicode MS の繁体字グリフを見た場合,通則で挙げられた例字が仮に標準字体だとしても,規則を同じとする他の文字・偏・旁のすべてが一概に同じく標準字体であるとは限らないことを指摘した。