著者
満島 直子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本年度は、政治、道徳論に関する著作を中心に「怪物」の種類や扱いを調査することで、社会的次元の問題へ考察を進めた。この分野での怪物概念は、個人の内面、社会のシステム、真、善、美の三位一体論等のテーマを中心に、統一性(ユニテ)の理想を前提とするなどの基本的特徴を保ちつつ、自然科学や美学思想の変化と連動しながら、年代毎に推移していくことを確認できた。特に、目的論的理神論から唯物論的一元論への移行後、宗教的道徳基準が消失すると、様々な「怪物」の例が、理論の可能性や限界を見極める思考方法として利用されていくことになる。ディドロの著作において、通常と異なる性質をもつ人物の一部は、支配的立場や、非現実的立場に意義を申し立てるという形で著者の思考を活性化させたり、人間の自然な性質を取り戻させるオリジナリティを持つ人物、人類を進歩させる天才等として評価される。また、通常の多くの人間も、複数の矛盾する傾向を持つ点で怪物と考えられており、そうした矛盾の起源と考えられる、個人の自然な性質と社会との軋轢をなくすためには、自然法、宗教法、市民法の一致が必要とされる。しかしその実現は難しく、街、国家などの団体もまた怪物とされる事がある。ディドロは悪人への憧れももつ一方で、基本的には社会の為になる行動を評価し、種の幸福を顧みない人間は、賞罰などで修正不能な場合、共同体からの追放や抹殺が正当化されていく。但し、善悪の区別は困難で、ディドロ自身、自分が怪物なのだと考える一面があり、価値基準の設定の難しさが示されている。自然論において、稀な形も現象の必然的結果と説明されるようになると、必然のものに善悪はないとの発想から、身体や環境によって悪行へ決定付けられる個人への責任追求や、共通道徳の基礎付けが困難となる。このためディドロの怪物概念は、規範学において大きな問題を提起するテーマであることが明らかになった。