著者
身内 賢太朗 濱口 幸一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.68-76, 2020-02-05 (Released:2020-08-28)
参考文献数
34
被引用文献数
1

暗黒星雲,ブラックホール,ダークエイジ,ダークマター,ダークエネルギー.いずれも宇宙の中の「黒そう」なモノたちである.いずれも実際に宇宙に存在するもので,中でも暗黒星雲,ダークエイジについてはよく知られており,ブラックホールについても地球規模の電波干渉望遠鏡による「撮影」に成功するなど,その姿が知られるようになってきている.ダークマターはヒーローもののテレビ番組の敵役やチョコレートの商品名として登場するなど,名前自体は世間に知られるようになってはいるが,その正体は不明である.ダークエネルギーについても,宇宙の加速膨張に寄与する何らかのエネルギーであることは知られているが,その根源については分かっていないため,名前を付けて満足している状態である.ここではダークマターに焦点をあて,その正体解明を目指す理論的研究および直接探索実験について述べる.ダークマターは,宇宙に存在する「目に見えない」(光学的に観測されない)未知の「物質」である.重力的にはそこに質量がなくてはならないが目に見える物質はない,という観測結果の一例として銀河の回転曲線がある.万有引力の法則を考えると,観測される銀河の回転速度を説明するには,見える星のみでは足りないのである.この矛盾を説明するために多くの仮説が立てられてきたが,我々の知っている宇宙に対してもっとも少ない拡張で自然に説明できるものがダークマターという未知の素粒子の存在を仮定することであった.その後の様々な宇宙観測により,我々は宇宙の構成要素を右図に示す通り精密に知るに至った.宇宙の記述に「大成功」している素粒子の標準模型で説明される「通常の物質」はエネルギー換算で宇宙全体の1/ 20に満たない.通常の物質の5倍以上のダークマターと,さらにその2倍以上のダークエネルギーが宇宙のほとんどを構成する,というのが現在広く受け入れられている宇宙の姿である.こうした謎の物質,ダークマターの正体解明のために,数十年にわたって多くの理論的,実験的な研究が進められてきた.理論的に多くのダークマター候補が提唱されてきたが,その中でも宇宙初期に生成され,宇宙の膨張と共に他の物質から切り離され現在に至るという「WIMP」が有力候補のひとつである.こうしたWIMPを探索する手法に,通常の物質との相互作用を用いて探索するという「直接探索」実験がある.直接探索実験では,ダークマター以外の自然放射線起源の事象を低減するために低バックグラウンド化した大質量の検出器を用いて観測を行い,ダークマター反応の事象を待つ.半導体検出器,固体シンチレータ,低温熱量計など多様な検出器による探索が行われ,現在では数トンの質量の液化希ガス検出器による探索が世界をリード,直接検出に迫っている.直接探索をはじめとして,間接探索・加速器を用いた探索によってダークマターの正体が数年の内に明らかになる可能性が高まってきている.現在の物理学に課せられた大きな問題であるダークマターへの我々の取り組みに今後もご注目いただき,正体解明へのみちのりを一緒に楽しんでいただければと思う.