著者
齊藤 明 岡田 恭司 斎藤 功 木下 和勇 瀬戸 新 佐藤 大道 柴田 和幸 安田 真理 堀岡 航 若狭 正彦
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1393, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】膝関節筋は中間広筋の深層に位置し,大腿骨遠位前面を起始,膝蓋上包を停止とする筋である。大腿四頭筋と合わせて大腿五頭筋と称されることもあるが,その作用は大腿四頭筋とは異なり膝関節伸展時に膝蓋上包を挙上するとされ,機能不全が生じると膝蓋上包の挟み込みにより拘縮の原因になると考えられている。変形性膝関節症(以下,膝OA)で多くみられる関節水腫は,膝関節筋機能不全の要因の1つとされているが,その関係は明らかにされていない。しかしそれにより関節拘縮など新たな障害を招く可能性があり,膝OAの病態を複雑化させる恐れがある。本研究の目的は膝OAにおいて膝関節水腫と膝関節筋機能との関係を明らかにすることである。【方法】膝OA患者60名81肢(男性15名,女性45名,平均年齢73歳)を対象とした。測定肢位は筋力測定機器Musculator GT30(OG技研社製)を使用し椅子座位にて体幹,骨盤,下腿遠位部をベルトで固定し,膝関節は屈曲30°位とした。膝関節水腫および膝関節筋は超音波診断装置Hi vision Avius(日立アロカメディカル社製),14MHzのリニアプローブを用いてBモードで測定した。描写はいずれも上前腸骨棘と膝蓋骨上縁中央を結ぶ線上で,膝蓋骨上縁より3cm上方を長軸走査にて行った。膝関節水腫は安静時の膝蓋上包の腔内間距離である前後径を計測し,Mendietaらの報告に基づき2mm以上のものを関節水腫と判定し,水腫あり群となし群に分けた。膝関節筋は最大等尺性膝伸展運動時の筋厚および停止部移動距離を測定した。筋厚は筋膜間の最大距離を計測し,安静時の値に対する等尺性膝伸展運動時の値の変化率を求めた。停止部移動距離は安静時の画像上で膝関節筋停止部をマークし,等尺性膝伸展運動時の画像上でその点の移動距離を計測した。この移動距離は膝蓋上包が膝関節筋により挙上された距離と定義した。また膝関節屈曲,伸展可動域(以下,ROM)を測定し,膝関節の疼痛をVisual analog scale(以下VAS),膝OAの重症度をKellgren-Lawrence分類(K/L分類)を用いて評価した。膝関節筋筋厚,停止部移動距離の2群間での比較には,まず膝関節ROM,疼痛,重症度をt検定を用いて比較し,有意差のみられた項目を共変量とした共分散分析を行った。また膝関節筋筋厚および停止部移動距離と膝蓋上包前後径との関係をPearsonの相関係数を求めて検討した。統計解析にはSPSS22を使用し,有意水準は5%とした。【結果】膝関節水腫あり群は50肢(平均年齢74歳),なし群は31肢(平均年齢73歳)であった。膝関節ROMは伸展(-10.85±5.10°vs -5.83±4.92°),屈曲(132.80±14.30°vs 142.33±6.92°)ともに水腫あり群がなし群に比べ有意に低値を示し(いずれもp<0.001),またVAS(48.17±23.07 mm vs 31.87±18.73mm),K/L分類(2.71±0.67 vs 1.83±0.83)は水腫あり群がなし群より有意に高かった(いずれもp<0.001)。これらの膝関節ROM,VAS,K/L分類で補正した共分散分析の結果,安静時の膝関節筋筋厚は2群間に有意差が認められなかったが,筋厚変化率(31.86±16.55% vs 61.95±18.11%)および停止部移動距離(4.74±2.08mm vs 8.03±2.21mm)は水腫あり群がなし群に比べ有意に低値であった。また膝関節筋の筋厚変化率および停止部移動距離と膝蓋上包前後径との間に有意な負の相関を認めた(それぞれ,r=-0.592,r=-0.628)。【考察】膝関節水腫あり群ではなし群に比べ膝関節筋の筋厚変化率および停止部移動距離が低値であり,また水腫の程度を示す膝蓋上包前後径といずれも有意な相関関係を認めたことから,膝関節水腫は膝関節筋機能に影響を及ぼし,関節水腫が重度であるほど膝関節筋の機能低下が大きいことが示唆された。これは関節水腫により膝蓋上包が伸張され,上方へ引き上げられる距離が短縮したため膝関節筋の十分な筋収縮が得られなかったと推察される。膝関節水腫は膝関節ROMや疼痛,膝OAの進行に影響を及ぼすだけなく,長期間の存在は膝関節筋の機能不全やそれに続発する膝関節拘縮の要因となり得ると考察した。【理学療法学研究としての意義】膝関節水腫は膝OAの症状や進行,膝関節筋の機能低下に影響を及ぼし,特に長期間の存在は拘縮など新たな二次的障害を生じる可能性があるため,理学療法施行時には関節水腫に対する早急な対応が必要であると考えられる。