著者
片山 雅木
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

昭和の時代待ち合わせと言うと駅というのが定番であり、 駅の改札口の横や待合室に置かれた伝言板には待ち合わせの時間通りに来なかった人向けのメッセージが黒板一杯に書き込まれていたものであった。国有鉄道における伝言板は「告知板」という名称で明治37年に新橋、横浜、大阪など8駅に設置されたのが始まりで、その後大正から昭和にかけて住宅地が都市郊外に移り、大都市圏中心に通勤・通学の足として電車網が急速に整備され発展するとともに、各鉄道路線が交わるところに設けられたターミナル駅が人々が交差する場所となり、伝言板の設置とあいまって待ち合わせの場所となっていった。伝言板に書かれるメッセージが待ち合わせに関する物から変化していったのが1980年代頃であった。この変化は、駅が人々が集まり滞留する場所から街中の繁華街へ行くための単なる通過点になったことや、電話の普及により公衆電話や自宅の電話等を介して連絡をとる手段が登場した事によってもたらされた。伝言板が待ち合わせに使われなくなり、若者中心に仲間間のやり取りやいたずら書きが目立つようになりJR始めいくつかの鉄道会社では携帯電話の普及を待たず1990年前後から徐々に撤去が始められていった。これら変化を伝言板という今までほとんど省みられなかった物から辿ってみることにより、伝言板の役割の変化をもたらした鉄道や社会の変化について考察をおこなった。