著者
猿谷 弘江
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.21-38, 2016-02-01 (Released:2020-06-20)
参考文献数
32

従来、社会運動研究は、資源動員論や政治的機会構造論に代表されるように、運動が﹁成功﹂する要因を分析することを主眼としてきた。これらの理論が前提とするのは、運動が資源や機会など何かしらを共有することによって生成するというものである。本稿は、運動の内部におけるアクター間の闘争や対立に着目し、これらが運動のプロセス、並びに運動全般の盛衰に影響を与えることを論じる。本稿は特にピエール・ブルデューによるフィールド︵界︶の理論を援用し、事例として一九六〇年の日米安保条約改定に際して生じた反対運動︵安保闘争︶を分析する。安保闘争は、戦後最大の社会運動となったにもかかわらず、社会学の理論に基づいた分析は、これまでごく限られたものとなっている。 本稿の研究では、文献調査に加え、当時運動に参加した人物へのインタビューを行った。調査の結果、安保闘争は一つの運動であったというよりもむしろ、それ以前に個別に形成された各種の運動のフィールドが、同一の物理的空間で一時的に交差した事象といえるものであることが明らかになった。本稿では特に、学生と労働者による運動を取りあげ、これらが安保闘争以前に既に個別の、かつ相互に排他的な運動のフィールドを形成していたこと、従って特定の運動のフィールドの参与者が、他の運動のフィールドに参加することは困難であったことを明らかにした。加えて、各運動のフィールドの参与者は、フィールド外の闘争よりも、当該のフィールド内での闘争に関心を向けており、安保闘争は、そうしたフィールド内の闘争のための運動となった側面があったことを明らかにした。 本稿は、フィールド理論を用いることにより、社会運動は集合行為でありながらも内部に不可避にコンフリクトを孕む点、同時にそのコンフリクトが、時に運動全般の発展をもたらす可能性もある点を示唆している。