著者
王 篠卉
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.39-51, 2007

本稿は、中国ナショナルチームに所属した男子高飛び込み選手である田亮の「除名事件」を手がかりに、「改革開放」の過渡期にある中国スポーツ選手が従来の「国家的英雄」から「大衆的スター」として社会に受け入れられることを通し、市場経済が引き続き成長する社会背景の下で、「国家」の政治性が漸次的に衰退しつつある中国におけるスポーツ改革の現状が今後どのように変化していくのかについて分析するものである。田亮は「挙国体制」下の中国で育てられたオリンピック金メダリストであり、中国スポーツにおける代表的な「国家的英雄」であった。国家は彼のようなオリンピック金メダリストらを理想的な「中国人」の像として形作り、ナショナルアイデンティティの具現化に役立たせた。一方、「改革開放」政策の進展にしたがって、国家の権力により統制されたスポーツの「挙国体制」に対峙して「スポーツ市場」が成立し、拡大しつつある。経済面でのメリットを図る国家は、田をそこに送り出したが、メディアによって田のイメージが作り直され、「国家的英雄」像に全くそぐわないものとなった。「国家」はこれを理由として田をナショナルチームから除名したが、それにもかかわらず、彼は「大衆的スター」としてスポーツ市場のメカニズムの中で人々に認められるようになった。田の「除名事件」は中国スポーツ改革の軋轢を反映する事件であり、そのうえ、彼が国家から見放された後でも「大衆的スター」として社会に受容されることは、市場経済の影響で進化しつつある社会に対して、「国家」が徐々に支配し得なくなる現状を語っている象徴的な例でもある。このような状況における中国のスポーツ改革は今後いかに改革の方向を調整するか、これについて、本稿は最後に明らかにした。