- 著者
-
生嶋 健司
山田 尚人
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.8, pp.576-581, 2017-08-05 (Released:2018-07-25)
- 参考文献数
- 14
音波物性の基礎は,1960年~1980年代に電波計測の発展に伴い,米国を中心に大きく発展した.溶液から金属・半導体にわたる音波の吸収機構,および強磁性体における音波とスピン系との結合とその共鳴現象など,様々な物質における音波との相互作用が調べられてきた.この音波物性の知見は,表面弾性波素子,磁歪アクチュエータ,音響光学素子など他の先端分野と融合する形で今も様々な場面で活用されている.一方,エコー法に代表される超音波計測は医療・工業分野において広く利用されているため,超音波に関する学会は学術分野の域をはるかに超え,医療,鉄鋼,土木など,各分野の学会・協会に分散し,特定のターゲットに対する計測技術の改良が日々推進されている.これほどまでに広範囲の分野に利用されている理由は,1)光が透過しない多くの対象物に対して非侵襲評価が可能である,2)RF(Radio Frequency)帯電波計測であるため,汎用な装置を用いて実時間波形の取得やスペクトル解析が容易である,ことによるだろう.ただし,通常の超音波計測は,音の反射・透過係数や音速を測定して力学的物理量(質量密度や弾性率)を取得しているため,その多くの利用は欠陥・異物や幾何学的構造の計測に留まっている―すなわち,電気的,あるいは磁気的な“物性”をプローブしない.近年,我々は超音波によって電気・磁気物性を画像化する手法(音響誘起電磁法:ASEM法)を提案した.一般に弾性波である音波は電磁波のように直接,電気・磁気分極と結合しない.しかしながら,弾性変調は,固体の格子歪みや液体の密度変化を通してしばしば対象物の電荷密度や電気・磁気モーメントに時間変調を加えることができる.このことは,弾性変調により,超音波と同一周波数の電磁場(通常RF帯)が対象物から発生し得ることを意味する.したがって,超音波によって励起された微弱なRF信号を検出することができれば,非接触・非破壊に電気・磁気物性を評価する新たな計測ツールになることが期待される.著者らは,ありそうでなかったこの新しい計測手法に着目し,超音波による磁気測定について研究した.非接触・非破壊に磁気イメージングや磁気ヒステリシス曲線が取得可能であることは,広い産業分野において重要であるため,やや応用を視野に入れた実演を行っている.一方で,音響励起されるスピン系の微視的ダイナミクスについてはまだ十分理解できたとは言えない.たとえば,結晶粒界や磁壁における音響励起スピンダイナミクスや一般化された複素圧磁係数に含まれるスピン系の緩和時間の物理的意味,などである.また,磁性薄膜やスピン系デバイスにおいて,音波によるスピン制御や音波による磁気共鳴といった新たな物性制御の可能性も秘めているため,本稿を通して基礎物性に関わる研究者にも関心をもってもらえれば幸いである.