著者
田中 知音 渡部 圭一 Chion TANAKA Keiichi WATANABE
雑誌
人間文化研究 = Journal of Human Cultural Studies
巻号頁・発行日
vol.50, pp.73-108, 2023-03-31

和文要約 白鬚神社(滋賀県高島市鵜川)の沖合に立つ鳥居(湖中大鳥居)は,もともと伝説的な存在であったものが昭和12年(1937)に建造され,現在では琵琶湖を代表する観光スポットとして注目を集めている。しかしながら,これまでの琵琶湖観光の歴史的研究では,この湖中大鳥居が何のために建造されたかについて論じられてこなかった。 本論文では,観光客の土産物として大量に制作された絵はがきに基づき,湖中大鳥居の建設の意義を明らかにすることを目的とする。まず白鬚神社を含む絵はがきセットの内容構成の類型とその歴史的背景を検討し,つぎに白鬚神社において被写体として選ばれる光景の特徴,およびそこでの湖中大鳥居の位置付けを分析した。 その結果,白鬚神社をめぐる⽛まなざし⽜に幾度かの変転があったことが明らかになった。白鬚神社は近世から広域の信仰圏を有する著名な神社であったが,近代になると,大正年間に琵琶湖を汽船で周遊する湖上遊覧が活発化したことで,神社の沖を通過する観光船から眺める神社というまったく新しい属性が生み出されたことが,湖中大鳥居を出現させた動機であった。 湖中大鳥居は,当初から⽛沖からの眺め⽜の一部であり,沖の観光船に対して見せるものとして造られたものであったと考えられる。言い換えると,湖中大鳥居が⽛沖からの眺め⽜というまなざしを生み出したというより,船上からのまなざしのなかに湖中大鳥居の美しい朱の彩りが埋め込まれたのである。