著者
市瀬 智紀 田所 希衣子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.20-34, 2013 (Released:2017-02-17)
参考文献数
17

本稿は,学会誌『日本語教育』の特集「エンパワーメントとしての日本語支援」の主旨を踏まえ,東北地方の国際結婚による移住者を中心とする外国出身者に焦点をあてて,3.11東日本大震災から2年について,エンパワーメントの具体的なアクションとしての日本語支援と母語支援の側面から記述した。今回の震災の被害は広範囲にわたったため,都市部に居住する留学生を中心とする短期滞在型の外国人と,農村部や沿岸部に居住する国際結婚配偶者とでは,情報の入手方法や震災後の行動が異なった。また,津波浸水被害や原子力災害を含む複合的な大規模災害であったため,専門的な用語を含んだ情報を提供することや,生活上の基本書類の再発行や「罹災証明書」申請など,生活再建に密着した難解な日本語を支援することに難点があった。地域の日本語教室のネットワークは,災害時のセイフティーネットとしての役割を果たした。母語で被災体験を振り返る機会を提供することは,外国出身者の心のケアにつながった。数か月を経過して,外国出身者の間で,子どもへ母語や母文化を伝えていきたいという意識が芽生え,危機に直面して外国出身者による自発的なネットワークづくりが始まった。今回の震災において,外国出身者は情報弱者や災害弱者であった反面,ボランティア活動に参加し,災害弱者の強力な支援者となった。支援者としての外国出身者は,それが外国出身者であることは意識されず地域の内部にごく自然に受け入れられたが,このことは「エンパワーメント理論」における「既存の社会関係の変容」があったことを示している。