著者
吉木 健悟 田沼 昭次 梶 誠兒
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101165, 2013

【はじめに、目的】Bickerstaff型脳幹脳炎(以下BBE)は脳幹を首座とした炎症性自己免疫疾患であるが、詳細は不明である。意識障害、眼筋麻痺、小脳性運動失調を伴うことが特徴的で、4週間以内に極期に達し、一過性の経過を示す。ほとんど後遺症を残さず寛解する一方で、複視、歩行障害などの後遺症を残すこともあり、合併症により致死的となることもある。また、本疾患に対するリハビリテーションに関連した報告は非常に少ない。今回BBEと診断され、経過中に状態変化、挿管し、その後歩行困難となったが、約2ヵ月で寛解した症例を経験したので報告する。【症例紹介】特筆すべき既往のない22歳男性の大学生。約1週間の発熱の先行の後、間四肢末梢に筋力低下、しびれが出現し、当院入院。入院当初、脳画像上に特筆すべき異常は認められず、血清抗GT1a-IgM陽性であった。神経所見としては眼球運動障害、意識障害、全身の小脳性運動失調を認めた。入院日を1病日とし、3病日BBEと診断。3病日よりIVIg療法開始し、4病日理学療法処方。入院後徐々に四肢筋緊張、腱反射の亢進が出現。6病日、胸部CTで左肺底部湿潤影を認め、肺炎疑いで抗生剤治療開始。7病日IVIg療法終了。同日痙攣、発熱、呼吸状態の変容から気管挿管。【倫理的配慮、説明と同意】報告の趣旨を本人に報告し同意を得た。【経過】5病日理学療法初診時JCSⅢ桁であり、肺炎疑いで発熱が見られ、全身状態不良。四肢は除皮質硬直肢位を呈し、反射亢進し、著明な痙性が認められた。病態の予後予測が困難であり、臥床が長期に渡る可能性も考慮し、四肢関節拘縮、呼吸器合併症予防を目的に介入開始。5病日以降、発熱は改善したが、痙攣と意識障害が持続していた。16病日から意識状態の改善が見られ始め、JCSⅡ桁となった。18病日より離床開始し、意識状態に合わせて四肢体幹筋力強化練習、協調動作練習、深部感覚練習を開始した。21病日、意識はJCSI-1に改善。呼吸状態も安定し抜管。検査所見に特筆すべき異常は無かった。神経所見としては眼球運動障害、四肢腱反射亢進、上肢筋緊張軽度亢進、四肢深部感覚障害が認められた。筋力は四肢体幹MMT2~3、さらに四肢体幹の協調運動障害あり。これにより動作時の動揺が強く、起居動作に重介助を要した。26病日から平行棒内歩行練習開始し、31病日には筋力はほぼ回復したが、動揺の為立位保持は困難であった。また、歩行はサークル型歩行車使用し軽介助、その他日常生活動作が見守り以上で可能となった。その後、残存している深部感覚障害、協調動作障害に重点的に介入した結果、動揺軽減し37病日屋内無杖歩行自立、院内日常生活動作全自立し、39病日に退院となる。退院時の神経学的所見としては眼球運動障害軽度残存、四肢腱反射軽度亢進、四肢筋緊張正常であり、四肢体幹の協調運動障害は軽度残存した。しかし72病日には上記症状はほぼ寛解し、ランニング動作を再獲得するまでに至った。【考察】症例は極期には高度の意識障害、呼吸障害を呈し、離床開始後も協調運動障害により重介助を要する状態であったが、39病日にはADL動作が全て自立しての退院となった。BBEの予後として、約半数以上が6ヵ月以内に後遺症なく寛解するとの報告があるが、約4割は後遺症として歩行障害を認めるとの報告がある。さらに呼吸管理が必要となる症例は約2割との報告もある。本症例では極期に呼吸管理に加え、肺炎を合併し、予断を許さない時期もあった。しかし最終的に約2ヵ月で後遺症無く寛解し、報告と比較して標準的な期間での退院、寛解となった。理学療法介入としては、極期の医学的管理を主体とした治療の中で、全身状態の維持、改善、合併症の予防に貢献できたと考える。また、意識障害改善後、協調運動障害により動作に介助を要する状態であったが、約2週間でADL動作が全て自立となるまで回復した。この間、眼球運動障害等の神経症状の回復も見られた。これに加えて深部感覚練習、協調動作練習により介入前後で即時的に改善が見られ、これら理学療法の関わりが、動作能力向上を円滑にしたと考える。【理学療法学研究としての意義】BBEに対する急性期からの積極的理学療法介入が、回復を円滑化する事が示唆された。また、理学療法に関する報告の少ない本疾患に対する理学療法介入の有意性が示唆された。