著者
田添 勝康
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.269, 2010 (Released:2010-06-10)

はじめに 我が国の工業地域では, 都市部への過度の人口集中と公害問題を背景とした工業等制限法の制定, 産業構造の軽小短薄産業へのシフト, バブル経済崩壊による経済全体の総需要の低下等に伴い, 多くの工場が移転・廃止を余儀なくされ, 遊休地化が進んだ. しかし, バブル経済の崩壊後は都心の地価が大幅に下落し, 政府の都心共同住宅供給事業の推進もあいまって, 1990年代後半以降は, 首都圏におけるマンション供給が進んだ. 中でも, 佃島(中央区), 台場(港区), 東雲(江東区)のように臨海部の大規模工場跡地では, 再開発により大規模高層マンションが供給された. このような大規模再開発地区では新住民の転入によって人口が急増し, オフィスや居住者を対象とした商業施設やお洒落なレストランが景観を一変させ, 新たなまちを生み出してきた. しかしながら, このような再開発地区における空間再生産の実態に言及した研究は未だ乏しい. 調査の目的と方法 江東区の豊洲2・3丁目再開発地区は, バブル経済崩壊を再開発事業中に経験していない, 最も新しい大規模再開発地区の一つである. 本研究では, この豊洲2・3丁目地区を対象とし, 空間の再生産を担う住民の特性と新たに形成された地域コミュニティの存在を明らかにすることを目的する. 調査方法は, 居住者に対するアンケート調査(配布数828枚、回収率18.1%), ならびに聞き取り調査である. 調査結果と考察 アンケートの結果, 豊洲2・3地区における居住者の67.0%が特別区内からの転居であり, 当該地区における空間の再生産が都心回帰現象と強く関連するものではないことが明らかとなった. しかしながら, 周辺3県のうち千葉県からの転居は16.5%に上った.他の再開発地区における先行研究で郊外からの転入は殆どみられず, 都心回帰現象との関連性が否定されてきたことに鑑みて, このことは当該地区の特徴であるといえる. 年齢層は, その多くが30代の若い夫婦と, 4歳までの未就学児であった. このことは, 同時期の江東区全体, 及び過去に再開発が行われた他地区の事例と比較しても顕著な傾向であり, 少子高齢化の時代にあって当該地区の大きな特色の一つである. 就業者の職業は, 金融・保険業, 不動産業, 情報通信産業, 医療・福祉分野が卓越し, 上層ミドルクラスに属する典型的なジェントリファイヤーの存在が確認された. 聞き取り調査の結果からは, 当該地区居住者は自己のライフスタイルに応じた多様なコミュニティに属していることがわかった. それらは, 1)居住者専用の施設サービスを通じて近隣との付き合いを広げていくタイプものと, 2)職種や趣味を同じくする人々がマンションや地域の外で, 首都圏に居住する人々と近隣社会に依存しない付き合いを行うものに大別される. また, 豊洲2・3丁目地区に隣接し, 以前から住宅地であった豊洲1・4・5丁目でも, 小規模工場跡地のマンションに転居してきた新たな居住者が, 地域の自治会の活動を通じて新・旧住民の間に新たなコミュニティを形成しつつある. 再開発に伴うジェントリフィケーションの発現が認められた豊洲2・3丁目地区は, 今後, 異なる背景を持つ近隣コミュニティとどのような関係を築いていくのかが課題となる. 質的に異なるコミュニティを抱える両地区が, 良好な関係を築いていくのか, 或いは社会的コンフリクトを強めていくのかは今後注視すべき事柄である