- 著者
-
由本 陽子
- 出版者
- 大阪大学
- 雑誌
- 奨励研究(A)
- 巻号頁・発行日
- 1993
今年度は、日本語の複合動詞形成に焦点を当て、語彙概念構造(LCS)と項構造の関係について考えた。日本語では、「動詞+動詞」の複合が非常に生産的であるが、どのような動詞の組み合せでも自由なわけではない。国語学の先行研究においては、2つの動詞の意味関係にどのような型が認められるかという分類が示されるか(cf.長嶋1976他)、もしくは、2つの動詞のうちどちらが複合動詞の格を支配しているかについての分類を示す(cf.山本1984)に留まっており、どのような組み合せが許されるのかが予測できるような、複合動詞形成を支配する原則の探求には至っていない。これに対し、Kageyama (1989)では、日本語の複合動詞には統語部門で形成されるものと語彙部門で形成されるものとがあるとし、さらに影山(1993)では、後者にも項構造の合成によるものとLCSの合成によるものという区別を認めた上で、各々がその形成されるレベル・部門に適用される原則に支配されていることが示されている。本研究では、このうち特に語彙部門で形成されると考えられているものに焦点をあて、小説・新聞・逆引き辞典などから収集した複合動詞を調査し、可能な動詞の組み合せは、(1)複合動詞のLCSにおいて、それを構成する2つの下位事態が全体として単一の事態と認識され得るような関係づけをなされていること (2)2つの動詞の主語が同定されること (3)複合動詞の項構造と格素性がBurzioの一般化に従っていること という3つの制約によって予測可能であることを示した。(1)については5つのパターンを認めたが、これはLi(1990,1993)の中国語の複合動詞の観察とほぼ一致しており、おそらく普遍的に限定されるであろう。-方(2)は中国語にはない制約であり、また、前項が非能格動詞、後項が非対格動詞の場合にも成立することから、影山の主張に反し、語彙部門での複合動詞がすべてLCSの合成によることを示唆する。(3)は、複合動詞の格素性が主要部優先を原則とする浸透の原理により導かれることと、項構造がLCSから結び付けの規則により派生すると仮定した場合、(1)(2)では説明できない動詞複合の制約を説明するものである。結論として、日本語の語彙部門における複合動詞形成に関してはLCSのレベルですべてが説明でき、項構造のレベルはLCSから派生するものとして促えた方が良いと思われる。また、複合動詞について得られた知見から、動詞のLCSはPustejovsky(1991)らが主張するように、event structureを含むものであるべきことが明らかとなった。