著者
由谷 仁 梶原 秀明 宮原 正文 中根 博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.GaOI2055, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 情意領域の低下、特に「自発性のなさ」が問題となる臨床実習学生(以下、学生とする)の指導は、臨床実習指導者(以下、指導者とする)の心的負担を著しく増加させる。そこで、臨床実習を円滑に遂行するため、指導者にとって負担の少ない指導方法を確立させることは急務であるが、現状は各病院や各指導者の裁量次第で明確な方法は示されていない。当院では臨床実習の位置付けとして、平成21年より「受動的教育」から「能動的教育」へ行動変容させることを最重要課題とし、続いて国家試験の知識を習得することを目的として掲げている。辻下は、行動分析学的アプローチは有効な行動変容法であると述べており、学生に行動変容を促しつつ指導者に負担の少ない指導方法を模索してきた。 今回は、情意領域に問題があると指摘された学生に対し、行動分析学的アプローチを用いた「質問行動の増加」という介入を行い、その効果をシングルケースデザインにより検討し報告する。【方法】 対象は当院での臨床実習にて情意領域の低下が指摘された理学療法士学科最終学年、30代、男性、1名。方法は畑山らの報告を参考にし、実習期間をベースライン期(2週間)、介入期(4週間)、非介入期(2週間)に分け、まずベースライン期終了時にターゲット行動の明確化を図るため中間評価を行った。その際、特に低下がみられ問題とした「自発性のなさ」に対し、「質問行動の増加」をターゲット行動と設定した。 介入期は「質問行動の増加」のため、学生に自ら質問を行い、その内容を質問行動記録表に記載するよう指導した。また、質問のルールとして自分の考えを可能な限り述べることとした。先行刺激は、質問数に応じて臨床実習総合評価の情意領域に関して15回/週以上で「可」、30回/週以上で「良」にすること、質問に関して否定的なコメントはしないこと、必要以上に課題を出さないことを約束した。後続刺激は、質問行動が見られた直後に指導者側から賞賛することを徹底し、週末に学生と1週間分の質問内容を確認した。 非介入期では質問行動記録表への記載は継続させたが、後続刺激は与えなかった。調査内容は質問行動数(自分の考えを述べた質問数/全体の質問数)、臨床実習評価(当院独自、各項目4点満点で良好4点、普通3点、やや劣る2点、劣る1点)とした。なおベースライン期の質問行動数はデイリーノートより作成した。加えて最終週は3日間のみのデータ収集となった。【説明と同意】 学生には本報告の主旨、本データを報告以外に使用しないこと、未同意でも不利益を受けないことなどを実習終了時に説明し、紙面にて同意を得た。【結果】 1週間の平均質問行動数はベースライン期で0/0.5(0%)回、介入期で16.3/32.3(50.4%)回、非介入期で16.3/31.3(52.0%)回であり、介入期で増えた回数を非介入期でも維持できた。臨床実習評価による全領域の平均は、2週後2.6点、4週後2.4点、6週後2.5点、最終2.5点と若干の変化であった。そのうち、情意領域だけの平均は、2週後2.5点、4週後2.6点、6週後2.7点、最終2.8点と改善傾向はみられたが大幅な変化ではなかった。【考察】 ベースライン期ではほとんどなかった質問行動自体は、介入期より増加し非介入期でも継続してみられたため、質問行動自体の定着は図れたと考えられる。しかし、臨床実習評価の平均点数に大幅な変化がなかったことを考慮すると、当院で目的とした能動的な行動変容までは至らなかったと考えられる。これは質問行動数の結果より、先行刺激で与えた30回/週以上で「良」との質問数を若干超えた値が多く、質問行動数自体が目的となっていたためと考えた。臨床実習教育の手引き-第5版-によれば内発的動機づけには知的好奇心が必要で、その知的好奇心は環境に変化を起こせたという有能感あるいは達成感が動機づけに重要となると述べられている。今回、知的好奇心を促せなかったことが、能動的な行動変容まで至らなかった原因ではないかと思われた。今後は、知的好奇心を促すために、人の役に立つという視点で指導方法を模索し、能動的な行動変容を促す方法の確立に取り組んでゆきたい。【理学療法学研究としての意義】 臨床実習教育において自発性のなさが問題となる学生に対し、受動的から能動的への行動変容を起こさせる簡便かつ、有効な指導方法が確立出来れば大変有意義なことである。
著者
由谷 仁 中川 恵嗣 諏訪園 秀吾
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1944, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)をはじめとする神経難病においては,筋力低下の進行が発声器官におよび,コミュニケーションに大きな問題をもたらす症例が少なくない。また進行に伴い通常のスイッチが押せなくなるなどの障害が頻繁にありうるため,様々なスイッチや意思伝達装置を再検討し,身体状況に合わせて使用しているのが現状である。2013年末,パーソナルコンピューター(以下PC)のマウスカーソルを視線で操作出来る装置The Eye Tribe Tracker(以下EyeTracker)が開発された。我々は第68回国立病院総合医学会に於いて,EyeTrackerをALS患者に試用し,臨床での有用性を検討した。その際,マウスカーソルは眼球運動にて動かし,クリックは右足関節底屈による空気圧スイッチにて行う方法であった。今回は注視によりクリックが可能となるソフトウェア「しのびクリック」(吉村隆樹作)を使用し,眼球運動および注視によって意思伝達装置を操作出来るようにした。このEyeTrackerをALS患者1名と演者にて試用し有用性を検討したので報告する。【方法】対象者はALSにて意思伝達装置を使用している60歳代女性1名(以下,症例)と演者で,症例はADL全介助,右足関節底屈にて空気圧スイッチを操作している。使用機器はEyeTracker(Eye Tribe社製)およびEyeTracker用専用ソフトウェア,意思伝達装置としてHeartyLadder,クリックするソフトウェアとして「しのびクリック」,それらをインストールしたPC(OS:Widows7)である。環境設定として,Bedの背上げ角度は15~30°,アーム式PC固定具およびHeartyLadderCD付属のワンタッチ短文入力画面を使用した。方法は眼球運動および注視によって同一の短文(17文字)入力を行った。評価としては,1)利用の適否,2)試行した時間,3)入力に要した時間,4)生じ易いミス・誤作動,5)眼球運動・瞬目・開閉眼など,6)要望・感想とした。【結果】1)演者は利用可能,症例では入力が不安定。2)演者は30分程度,ALS患者は一週間に一度30分程度を3ヶ月程度実施。3)演者は32秒,症例はミスが多く不可。4)マウスカーソルが,見ている場所と若干ズレることにより正確な入力が難しい。クリックまでの時間設定が難しく,選んでいない文字を選択し易い。5)症例の眼球運動はゆっくりでも速い動きでも特に問題なし。瞬目・開閉眼は上下眼瞼部の動きが不十分で努力を要す。連続5分程度使用すると,上眼瞼部の軽度下垂が認められる。6)一文字に焦点を合わせること,注視すること,それを短時間でも継続することが疲労をもたらしやすい。【考察】演者では文章作成可能であったが,症例では困難であった。この問題点を大きく分類すると「目でマウスを動かすこと」と「目でクリックすること」の2点に分けられる。「目でマウスを動かすこと」はPCとEyeTrackerと目との位置関係を適切に設定すること,視線をEyeTrackerがしっかり認識することが必要不可欠である。その際,眼瞼下垂によって瞳孔に上眼瞼が近づきすぎるとEyeTrackerが上手く認識出来ないことが多いと思われる。「目でクリックすること」はしのびクリックを使用して可能であるが,文字を一定時間注視し,視線を固定することが必要となる。この一定時間注視し視線を固定することが症例では難しく,ミスが多くなり文章が作成できなかった要因と思われる。また瞬きでクリックできるような改善も望まれる。よって現時点での最もよい適応としては,上眼瞼部の下垂が少なく,連続で注視しても目の疲労が少ない人であると考えられる。また現在,使い易くするためには個人でプログラミングする必要があるため,技術を持った人間が多く関わることで,より適応範囲が広がると思われる。以上から,現時点での(ソフト開発を自在に行わない範囲)EyeTrackerの臨床適応範囲が明確となり,症例を選べば極めて有用である可能性が示された。【理学療法学研究としての意義】EyeTrackerにより視線入力を可能にすることで,更なる症状の進行にも対応出来る可能性が広がり,コミュニケーションの継続が期待できる。また,世界中でIT及びプログラミング教育の必要性が叫ばれており,日本に於いても国策として「産業競争力の源泉となるハイレベルなIT人材の育成・確保」という項目が挙げられている。今後はrehabilitationとITはより密接な関係が必要であり,我々の活動分野の拡大にもつながるため,非常に意義がある。