著者
甲田 直美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.24-39, 2015-03-31 (Released:2017-04-26)

本稿では,思考・発話を提示することが相互行為としての語りの達成にどのように関わるか考察した.語りのクライマックスに思考・発話を提示することが臨場感をもたらし,受け手の反応を呼び,語りの達成へ導いていた.語りは語り手と受け手が協働して達成するものであり,語り手による一方的な構成物ではない.語りの達成に提携するためには,受け手は,語りがクライマックスに達し,語りが終結に向かう箇所を正しく捉える必要がある.会話における語りの中で,クライマックスを顕在化するために,思考・発話の提示という装置がどのように用いられているかを考察した.引用された思考・発話の持つ表現の直接性や補文内容の描写のきめの細かさ等の言語的特徴に加え,ピッチの切り替え,発話速度等の音声特徴,身体動作まで含めたマルチモーダルな要素によって顕在化は行われていた.これらの語り方のデザイン特性によって,思考・発話の提示は,語られた内容の再現性を高め,語り部分の受け手が情報に直接アクセスできる環境を提供する.思考・発話を語りのクライマックスに配置するというプラクティス,語り手と受け手が当時の現場を共有し,語りを協働で終結へ導く一つの手続きを示した.
著者
甲田 直美
出版者
滋賀大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

文彩を施された言語と,普段我々が"文法性"などということを意識しない透明な言語との対立点の整理,および事態の再現性に関わる文法的表現効果の可能性の追求を行った。現実世界から表現世界への移行の過程,つまり芸術や物語テクスト表現のもつフレーム,枠の特殊な組織の問題について整理した。テクストにおける再現性を考察する際に判別役となるのは,我々の日常の認識や体験性の制約からくる文法制約が創造的言語使用においては必ずしも守られないという点である。しかし,このような差異は,一談話領域に固定のものではなく,歴史記述や叙事的物語作品においても,語る視点が完全に排除されることはなく,感情や評価,文間の配列構成(因果関係や,注釈による),様態化作用を伴う発話主体標識によって,テクスト構成者による介入現象が起こる。視点の問題と再現芸術について,表現と表現されるものを有している芸術の諸形式と視点の問題は直接関連している。たとえば,「枠」の問題に固有の構成的側面,つまり芸術テクストにおける枠を表現する形式的方法は談話分析において「視点」の術語によって記されてきた。視点と関連して,出来事の記述を行う人物の空間・時間的位置(すなわち空間と時間の座標軸における語り手の位置の確定)の問題,構成の手法の整理を空間・時間のパースペクティブの面を中心に検討した。