著者
當真 賢二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.19-27, 2017-01-05 (Released:2017-12-28)
参考文献数
40
被引用文献数
2

ブラックホールは,一般相対性理論が予言する最も強い重力場のことであり,入ってしまうと光さえも出て来られないという領域である.これまでの40年以上の多波長電磁波観測の結果,宇宙にはブラックホールと考えられる天体が数多く存在することが明らかになってきた.最近では,重力波の検出により,さらに直接的にブラックホールの存在が証明された.ブラックホールは周囲の物質をすべて吸い込んでしまうというイメージがあるかもしれない.実際にはそうではなく,ブラックホールのスケールの数倍外側では,重力と遠心力が釣り合ったケプラー運動が可能である.そのような領域からは光が逃げ出ていて観測できるし,またプラズマ粒子の一部も高エネルギーを獲得して遠方まで逃げ出すことができる.物質がブラックホール周辺から逃げ出す過程の中で最も顕著で不可思議なものが,相対論的ジェットである.これはブラックホール周辺から細く絞られて流れ出す,速度が光速にきわめて近い噴流である.銀河はその中心に超巨大なブラックホールを有すると考えられているが,銀河のうちの活動的なものに相対論的ジェットが付随している場合がある.また宇宙で最も明るい突発現象であるガンマ線バーストは,恒星サイズのブラックホールが高密度な環境で誕生した際に駆動する相対論的ジェットを正面から見たものであると考えられている.相対論的ジェット形成には多くの基本的問題が残っている.まずジェットのエネルギー源が確定していない.物質源も不明である.さらに物質を細く絞りつつ光速近くまで加速する機構についても未だ議論が続いている.そしてジェットがブラックホールの大きさの10億倍程度もの長さスケールにわたって安定的に流れる理由,かつ安定な流れの中の一部が散逸して輝く理由も明確でない.これらは長年にわたって議論されてきているが,ここ10年数値シミュレーション研究が大幅に発展したのを契機に,議論の枠組みがそれまでと質的に変わった.また問題には他の相対性理論が重要でない天体の物理に基づく直観では理解しにくいものがある.本稿では,そのような点に留意し,諸問題に対する現在の議論の枠組みを丁寧に説明することを試みる.そのあとエネルギー源について焦点を絞り,回転ブラックホールがプラズマ中に定常的に電磁エネルギー流を作るというBlandford-Znajek過程についての理解の進展について詳述する.相対論的ジェット形成は,相対性理論とプラズマ物理の間にある基礎物理的な問題であるが,その謎の解明は多くの関連分野に波及するだろう.ガンマ線バーストの起源は星の進化論や重力波生成と密接に関連している.また宇宙最遠方の天体の一つでもあり,観測的宇宙論に貴重な情報を提供する.およそ100億光年という長い距離のガンマ線伝播という事実を使って量子物理の検証にも使われる.活動銀河のジェットは,銀河や銀河団の進化に影響を与える.また両者のジェットはともに高エネルギー宇宙線や高エネルギーニュートリノの放射源の候補である.さらに偏光を含む最新電磁波観測の発展を促す.本論には,これらの関連する話題や将来への展望も紙面の許す限り含めたい.