著者
登内 真
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会雑誌 (ISSN:04682513)
巻号頁・発行日
vol.43, no.6, pp.1177-1185, 1995-03-30

私は昭和23年に東京医学歯学専門学校を卒業し, インターン生活を1年送った後, 昭和24年4月, 母校第一外科の川島外科に入局し, 24年9か月大学生活を送った。川島教授は, 人格高潔, 真の教育者であると共に, 外科医として最高の技術をそなえておられた先生であった。<BR>この間, 私は医師としての基礎的教育と外科医としての手術手技の指導を受けた。また研究面では主として肝・胆・膵疾患の研究に携わった。<BR>其後, 昭和48年10月1日, 恩師川島健吉名誉教授の後任として土浦協同病院院長として赴任し, 満21年を経過した。<BR>赴任後, 常に念頭にあったのは, 川島先生の名声を傷つけないように心掛け, 先生の教えである患者に対する思いやりと, 後輩の育成及び健全なる病院経営であった。<BR>このように私の医師生活45年間を回顧すると大学時代, 土浦協同病院時代に区別することができる。<BR>[I 大学時代]<BR>大学時代, 専門として修業したのは, 腹部外科, 胸部外科であるが, 特に力を入れたのは, 肝・胆・膵疾患についてである。その主なものをあげると,(1) 胆道鏡の開発,(2) 肝・胆・膵の悪性疾患に対する治療,(3) 胆石症, 特に苺様胆嚢の成因に関する研究であった。<BR>[II 土浦協同病院時代]<BR>土浦協同病院時代には地域の農民, 並びに住民の最も必要とする医療をめざした。そのためには本格的医療完結型病院即ち, 専門化別のセンターの集合体を構築するよう努力した。<BR>(1) 農村健康管理センターの増改築,(2) 周産期センターの設立,(3) 救命救急センターの設立,(4) 茨城県地域がんセンターの設立,(5) サンテーヌ老人ケアハウスとの協力,(6) エイズ問題である。<BR>医師生活45年を回顧して, 大学時代指導していただいた恩師, 一緒に研究に励んだ後輩の顔が目に浮かびます。<BR>土浦へ赴任してからは, 病院経営の全責任を託してくれた, 茨城県厚生連の会長始め, 役員の方々, また, 私と一緒に病院発展に全力を尽してくれた全医療人に心から感謝します。<BR>日本農村医学会に入会してからはあらゆる問題に胸襟を開いて相談してきた友人方がおります。これらの友人と将来共に生きる喜びをわかち合いたいと思っています。<BR>最後に申したいことは, 今の若い人達は, それぞれ, 斬新な創造力があります。これらの人々のエネルギッシュな先見性, 創造的意見を尊重し, 活性化した学会・医学をめざしたいと思っている。