著者
西村 珠美 菅野 輝哉 相馬 幸太 川村 慶 伊藤 亘
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】近年,不動・安静臥床による合併症として呼吸器・循環器・運動器・消化器・皮膚など多臓器,さらには精神機能への影響が挙げられている。里宇は座ることの効果として上記臓器機能の向上・改善の他,局所圧迫の軽減や日常生活動作(以下ADLとする)・介護負担の軽減,社会参加の促進を加えている。我々は病棟と連携し,特に廃用症候群によりADLの低下をきたしやすい高齢者に対する離床の促進に日々取り組んでいる。しかし食事等病棟での離床場面では肘かけ椅子の代用として,本来は短時間の移動を目的とした道具である普通型車椅子を用いていることが多い。多くの高齢者は加齢変化により姿勢保持能力が低下し,重力に負けた結果潰れた姿勢となってしまう。頭頸部は前下方に落ち込み,その代償として臀部を前すべりさせ,上肢の自由度も制限させてしまっていると考える。加えて,普通型車椅子は多くの高齢者の身体寸法にそぐわず経年劣化が問題となる。また材料や時間,技術不足により,現状では対象者の個別性に配慮したシーティングは困難である。今回我々は「キャスパークッションZAFU」(以下ZAFU)を用いて円背高齢者のシーティングを行い,同クッションの効果検証を目的に,本研究を実施した。【方法】普通型車椅子に一般的なウレタンクッション(以下一般とする)とZAFUを用いてのシーティングを実施し,座圧・車椅子座位姿勢(矢状面・前額面)と,上肢の運動機能評価として食事(摂食量・時間・姿勢)の3項目について二者間の比較を行った。座圧はPalm Q(ラック株式会社製)を使用し,両坐骨~仙骨,尾骨の座圧を5ブロックに分けて測定した。対象者は脊柱後弯位で円背を呈した80代の女性。介入時の病棟ADLはFIM65点,基本動作軽介助レベルだが臥床傾向,病前より食事への関心は強く,食事時間は離床可能であった。【倫理的配慮,説明と同意】倫理的配慮として,対象者の家族に本研究の趣旨説明を十分に行い,同意書に署名を得た上で実施した。【結果】座圧:一般では座圧計140.2,測定部位での最大差41.1(mmHg)に対しZAFUでは座圧計55.1,最大差14.3(mmHg)とZAFUの座圧の低下および分散効果を示した。座位姿勢:一般では頭頸部が重力に抗せず屈曲し,正面を見るために努力的な頭頸部伸展を行っている。胸郭は前下方に沈み込み,バックレストにもたれていなかった。ZAFUでは頭頸部・肩甲帯・胸郭が矢状面上で一直線上に位置し,頭頸部の支持における努力性は見られなかった。食事:両者全量摂取可能だが,一般ではは右肘を支点としており,リーチ動作での有効なアームは右前腕以遠に制限され,左上肢の使用は見られなかった。スプーンで次々に口に運び,皿の手前側には食塊が残っていた。一方ZAFUでは右上肢のアームが延長,箸を併用し皿の隅の食塊をきれいに集めることができた。また左上肢の協力動作が生じた。食事時間は両者ともに適正な時間内であったが,ZAFUでは同席の他患者と会話したり,周囲を気に掛ける様子が見られた。【考察】ZAFUでの座圧の低下について検討する。ZAFUでは坐骨受けで臀部の前方への滑り出しを止めて座面での荷重が向上し,骨盤がバックサポートにもたれている。下部体幹の重みをバックサポートで受けることで,胸郭全体の下方への潰れが止まって頭頸部のアライメントは胸郭上方となり,頭頸部の支持性向上につながったと考える。一般では,下部体幹が骨盤より上位の身体の重み乗せられず座面に体圧が集中し,臀部は前方に滑り仙骨への剪断力を増加させる。対象者は円背のため抗重力位での頭頸部の保持能力が低下し,臀部を前にずらし頭頸部が下方に落ち込むのを回避していると考える。さらに体幹は腹側で弛緩し背側は伸張されているため筋出力のバランスが破綻し,安定性の低下をきたす。一般の食事場面では努力的に頭頸部を伸展位に保持,左上肢の協力動作は乏しく,膝やアームレストに押し付けて姿勢保持を行っている。前方へのリーチでは体幹の左側屈・回旋で代償している。上肢を姿勢保持に積極的に使用することで上肢の自由度が低下し,食事動作に影響したと考える。ZAFUでは頭頸部の安定保持から,上肢の自由度を高めてリーチでの前方への重心移動が可能になったと考える。【理学療法学研究としての意義】ZAFUを使用し簡便なシーティングを行い,クッションの即時効果を検証した。今回の検証により,円背高齢者の姿勢保持能力の低下による弊害を解決する一手段として,ZAFUの有効性を示唆された。今後は嚥下機能への影響および主観的評価も加味し,効果検証を進めたい。