著者
久世 濃子 河野 礼子 蔦谷 匠 金森 朝子 井上 陽一 石和田 研二 坂上 和弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第34回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.52, 2018 (Released:2018-11-22)

オランウータン(Pongo属)は,大きな体(雄:80kg,雌40kg)で樹上から下りることがほとんどないので,他の霊長類に比べて捕食のリスクが小さいと考えられている(Wich et al. 2004)。本研究では,野生オランウータンの頭骨を対象に,法医学的手法を用いて,中大型哺乳類に攻撃された可能性を検証した。対象の頭骨(頭蓋冠のみ:顎骨と歯は消失)は,ボルネオ島北部マレーシア領サバ州のダナムバレイ保護区内の熱帯雨林の林床で,2016年発見された。頭骨には側頭部に複数の損傷(貫通穴)が見られ,動物による咬傷の可能性が考えられた。主要な2つの穴の穴間距離(A)および,アタッカー候補である4種の上顎犬歯間距離(B)を測定した。アタッカー候補として,同所的に生息している中大型の肉食もしくは雑食(動物性食物を摂取した報告がある種)の哺乳類,ウンピョウ(Neofelis diardii),ヒゲイノシシ(Sus barbatus),マレーグマ(Helarctos malayanus),ボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)の頭骨標本(博物館等に所蔵)を用いて,Bを測定した。穴間距離A:35mmに最も近似していたのはウンピョウ(B:27.9-33.0, n=3)だった。ヒゲイノシシ(74.5-163.5 n=13),マレーグマ(64.7-76.1, n=2),ボルネオオランウータン(69.1-74.2 n=3)はAに対して大きすぎ,犬歯2本で同時に噛むことで,陥没穴を形成する可能性は非常に低いと考えられた。さらに飼育下のウンピョウに,オランウータンの頭蓋とほぼ同じ大きさの樹脂性のボールを与えて,噛むことができるかを確認する実験を行った。また,損傷のあるオランウータン頭骨のサイズと,蝶後頭軟骨結合の状態を,他のオランウータンと比較し,性別と年齢クラスを推定した。その結果,高齢のオトナ雌である可能性が最も高いと考えられた。さらに他の調査地でも,オトナがウンピョウに襲われたと推定される事例が2例あることも判明した。今まで,ウンピョウはオランウータンの未成熟個体しか襲わないと考えられていたが,成熟個体も襲われる可能性があることが明らかになった。