著者
石橋 茂登 イシバシ シゲト ISHIBASHI Shigeto
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:18834744)
巻号頁・発行日
no.21, pp.219-232, 2010-09

銅鐸の発見は古代以来、史書や縁起の類に記されてきた。また銅鐸の中には寺社に所蔵されているものが多数ある。本稿は、銅鐸が出土後にどのように扱われたかに注目し、銅鐸出土の事実がどのような意味づけをされたのかを考察する。 古代では律令の規定によって銅鐸が官に届けられた。それとともに銅鐸は阿育王宝鐸と見なされて寺院造営の際の瑞祥とされた。また、中世以降の梵鐘には地中・水中から出現したものや龍宮など他界と結びつく伝承をもつものが数多くみられ、異界とつながる特殊な力があるとされていた。銅鐸にも異界と結びつく伝承をもつものがあり、人々から銅鐸の出土は梵鐘の出土と同様なことと見られた可能性が高い。梵鐘と同じく銅鐸が異界とこの世をつなぐ特殊な力をもつ器具と観念されたことによって、寺社の造営に際しての銅鐸出土はその地の聖性を証明することにつながった。転じて、関係のない銅鐸が寺社縁起に取り込まれて出土伝承を付会された場合もあると考えられる。史料に記録された銅鐸出土の記録や伝承は、そのような偏りを含んでいる。近世では出土した銅鐸を官に届け出た事例が多数あり、出土後の扱われ方を知ることができる。