著者
石田 智佳
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.57-72, 2020-09-30 (Released:2020-10-15)
参考文献数
28

近年、五輪などのメガ・スポーツイベント開催を契機とした都市開発は、スタジアムや競技関係地区周辺部で暮らす地域住民の立ち退きを引き起こしている。日本においても、2020年東京五輪開催のための新国立競技場開発により、近隣のTアパートで暮らしていた住民が立ち退かされている事実が報告されている。本稿はこうした立ち退きを迫られた住民たちに着目し、彼らがどのように立ち退きを考え対応しているのか、彼らの暮らしの内実から立ち退きの実践過程を明らかにするものである。 事例として東京都新宿区のTアパートを取り上げた。そして、住民の生活実態と地域住民組織である町内会と老人会の活動に焦点を当て、1年間のフィールドワークを行った。調査によって明らかになったのは、第一に、住民たちは「高齢者」として暮らすなかで、「支え合い」という関係性を軸に生活していたこと。第二に、この関係性が失われていくなかで、住民たちは町内会や老人会という地域住民組織を通じて、それぞれが立ち退きに対して活動し合っていたことである。彼らは、立ち退きに対し反対を示しつつも高齢者である自身の生活と今後の立ち退きを、各々の会の活動を経ながら考え合っていた。 住民たちの生活と立ち退きという問題は、切り離して考えることはできない。なぜなら住民は、自らの生活の立て直しを迫られる中で立ち退きを考えていかなくてはならないからである。Tアパート住民の地域住民組織を通じた活動は、立ち退きを強いられる先に潜む「再定住」という課題を浮き彫りにしていた。最後に本稿は、彼らの生活や「再定住」という視角から、新たにスポーツイベント政策の議論を展開していく必要性を指摘した。