著者
前野 里恵 石田 由佳 金子 俊之 森川 由季 井出 篤嗣 高橋 素彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】疥癬に罹患している患者が入院治療と理学療法介入に伴い,医療従事者へ感染伝播した事例を通して,感染管理室とリハビリテーション部の感染対策について報告する。【方法】高齢女性 平成26年1月上旬 自宅で転倒受傷して入院 診断;恥骨骨折 既往歴;疥癬の診断なし 入院時,全身に掻痒性皮疹 他院で処方されたリンデロンを外用したが,皮疹が拡大した。ADL;食事以外全介助 入院前生活:自宅内杖歩行自立 屋外車いす利用 要介護2 入院5日目 リハビリテーション科併診 理学療法開始 入院4週1日目 皮膚科併診 腋窩の小膿疱より疥癬虫ヒゼンダニ1匹を検出し,通常疥癬と診断 オイラックス外用薬とストロメクトール内服治療開始 主治医,看護師長と感染管理室へ連絡 接触した医療従事者の感染対策開始 入院2.5ヶ月目 患者転院 病棟の最終発症者治癒 担当理学療法士の両上肢と腹部に発疹と掻痒感出現 入院3ヶ月目 近医皮膚科受診し,外用薬処方で経過観察 入院4ヶ月目 理学療法士の皮膚症状増強し,当院皮膚科受診 疥癬虫未検出 入院5ヶ月目 疥癬虫検出診断 治療開始 入院6ヶ月目 治癒 治療終了【結果】1.感染管理室の指導・対応 ①患者基本情報の収集:入院前後の皮膚の状況,生活状況 ②接触者調査:関係部署に情報提供し,患者の同室者,接触した職員に自己申告依頼 接触者は,同室の患者5名と担当理学療法士1名を含めた医療従事者56名で,同室者の発症はなかった。患者の診断日から17日間に手部~腋窩に発疹や掻痒などの皮膚症状があった発症者は看護師9名。③初期対応の指導:患者個室隔離,標準予防策の徹底,手袋と1患者1手洗い,肘以遠の手洗いとエプロンかガウン着用を強化,同室者患者と接触職員の症状の観察強化,症状発生時の速やかな感染管理室報告と皮膚科受診 ④職業感染;受診費用病院負担 労働災害申請 ⑤有症状者の発生対応;発症者の把握 就業制限の対象者と期間決定 予防投与検討 勤務は,確定診断までと内服翌日から勤務許可とし,確定診断後の投与後24時間までは休職。予防投与は担当理学療法士1名を含めた47名。2.担当理学療法士とリハビリテーション部の対応 ①発症原因の確定;疥癬を伝播するリスクと症状発生時期の一致 ②接触者の調査;理学療法士と接触した入院と退院患者を対象に,時系列に接触頻度や期間,皮膚症状について調査選定 ③接触者へ説明:入院患者は直接,本人や家族に説明,退院患者は説明書を郵送 担当した患者は117名で,発症の疑いのある患者は観察やカルテ所見調査から43名に絞られた。その内,問い合わせと受診対応があったのは,入院患者2/13名中,退院後患者1/30名中であり,最終的に疥癬は否定。④症状発生者の受診や投薬の費用に関する調整:連絡対応は感染管理室,受診対応は皮膚科 受診費用病院負担 ⑤リハビリ部の対応:疥癬の知識習得と場所を病棟に替え,標準予防策 手袋と長袖の勤務服着用,治療の過程での直接接触を避けた治療方法の立案,順番は最後。移乗介助などに必要な濃厚接触をする場合は標準予防策とガウン着用。職場の混乱を避け,過剰な感染対策の防止 心理的支援など。他の患者のリハビリ治療は,直接皮膚接触禁止,濃厚接触を必要とする患者,易感染者や小児の担当を中止。理学療法士自身も常に身体の位置や症状を意識しながら行ない,疑わしい場合は速やかに感染管理室へ報告する体制にした。【考察】感染管理マニュアルでは,入院時から感染疾患の疑わしい患者は,感染症と診断がつく前から拡大する可能性があるので,入院時から感染予防対策が必要である。その対策は臨床症状で,疑いの時点から「伝播を防止する」ことを目的として,1例の発生で感染管理室への報告を義務付けている。しかし,その疑いの目は正しい知識の下で成り立つものであり,疥癬の特徴,感染伝播のリスクについての職員教育は重要である。今回,入院時から皮膚症状が確認されていたにも関わらず,感染管理室へ報告及び皮膚科の受診に1ヶ月も時間がかかり集団発生へ発展した。また,一般的に直接接触以外は,標準予防策で対応可能とあるが,担当理学療法士は標準予防策を講じ,さらに予防投与後も発症したことから,予防着も必要である。原因として手袋と勤務服との境目の皮膚露出,介助時の密着や衣服へのダニの付着などが推察された。しかし,最善は治療開始時から皮膚の状態の観察,報告,対策をして自分自身も注意を払うことが確実である。【理学療法学研究としての意義】理学療法分野における感染症関連の報告は乏しく,この報告が感染対策の一助に成り得る。