著者
砂川 洵 佐々木 章
出版者
The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan
雑誌
有機合成化学協会誌 (ISSN:00379980)
巻号頁・発行日
vol.54, no.9, pp.761-771, 1996-09-01 (Released:2010-01-28)
参考文献数
30
被引用文献数
3 9

1976年にチエナマイシン (1) の発見が報告されて以来丁度20年が経過した。1は強力かつ幅広い抗菌活性という抗菌剤としての必要条件を満たしていたが, 化学的安定性, 生体内安定性 (デヒドロペプチダーゼ-I, DHP-Iに対する安定性) および, 腎毒性, 中枢毒性などの副作用面で克服すべき課題を有していた。その必要条件を維持し, いかに医薬品としての十分条件を満たすかという命題のもと多くの研究グループによってカルバペネム抗生剤の開発研究が展開された。その結果, これまでにイミペネム (2), パニペネム (4), メロペネム (6) の3剤が市販されている (図1) 。2および4はいずれも腎毒性の低減などを目的にそれぞれDHP-I阻害剤・シラスチタン (3), 有機アニオン輸送阻害剤・ベタミプロン (5) との合剤として開発された。したがって, 安全性, 使いやすさなどからカルバペネム単剤での開発が望まれていたが, 近年DHP-Iに対する安定性が向上することで注目された1β-メチルカルバペネム骨格を持っメロペネム (6) の開発がその夢を実現し, カルバペネム抗生剤の開発研究は1っの峠を越えたということができる。カルバペネム抗生剤の開発研究における合成化学の比重は極めて高く, その研究のほとんどが全合成によって展開された。合成法の開発が新しい誘導体での探索を可能ならしめ, その進歩が大量製造を可能ならしめ, その結果としてカルバペネム抗生剤開発に至ったというこれまでの経緯が, 合成化学の果たした役割の重さを如実に示しているが, 同時にカルバペネム合成化学は基盤が確立し, 次なる展開を図る時期にきたことを示している。既に多くの総説があるが本稿では “新世代カルバペネム抗生剤の開発” を目指した今後の研究を展望すべく, 最近の報文を中心に合成化学の現状を概説するとともに, 生物活性面から見たカルバペネム化学について触れる。