著者
秋野 有紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

「文化的な創造活動への広域的共同支援に関する国際研究-ドイツと日本を例に」をテーマに、本年度は調査研究を進めつつ、これまでの研究成果の発表を積極的に行った。とりわけこの3年間従事してきた研究・調査については、11月にドイツの国際セミナーで口頭発表を行い、3月には日本で査読論文として発表した。研究成果としては以下の点が明らかになった。(1)ドイツは伝統的に舞台芸術への公的支援は極めて大きいが、近年では自治体の財政難を背景に超域・広域的な支援に向かいつつあることを具体例から示した。(2)その背景として、公共サービスの自由化や人の移動の加速化があるが、ドイツの芸術環境における観劇者層の非対称性という課題も公的支援の根拠を動揺させている要因である。(3)日本は確かにドイツと比べると公的な支援は相対的に小さいが、習い事や商業劇場、演劇人たちの自主的な劇団活動など、私的な領域からの芸術活動への寄与度は極めて高く、そのことがドイツでは見られない自由で多様な表現の土壌を準備する潜在性となっている。(4)だが日本では一般的に、個人の〈芸術消費(受容)〉意識の高さとそれとは相対的に低い〈創造性(生産)への支援〉の必要性への意識という非対称性が、「創造環境としての公立劇場」を公的に支援する際の障壁になるという構図がしばしば現れる。この比較により、舞台芸術領域において〈公の強いドイツ〉と〈私の強い日本〉という特徴に優劣をつけるのではなく、双方の課題を可視化し、(日本では従来、専ら欧州から学ぶという姿勢をとってきたが)お互いに学びうる可能性を示し、市民社会における豊かな文化環境を形成する上での政策的・実践的基盤に関して、国際的に論点を共有することが出来たことは有益であった。ドイツの事例についての分析の一部は日本で論文としてすでに発表したが、来年度秋頃には、日独比較の部分をドイツで共著として発表する準備を進めている。