著者
稲田 七海 若松 司 蓬莱 梨乃 水内 俊雄
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.406-406, 2008

本報告は、地方都市における社会的条件不利地域を対象に、格差、貧困、社会的排除などの課題について地域がどのように対応し改善への道筋を探っているのか、その福祉実践のプロセスに迫り、新たな地域福祉構築の可能性について検討することを目的としている。そこで、本報告は、Q県R市における貧困層や生活困難者を対象とした包摂型コミュニティ福祉の先駆的な実践に着目し、掘り起こし型の福祉実践のあり方を「見える化」システムと定義し、新たなコミュニティ福祉の創造の可能性について検討を試みる。<BR> 現代社会における福祉ニーズの多様化や高度化によって、公的な福祉では対応しきれていない福祉課題が現われてきている。そのため、地域における身近な生活課題に対応し、支え合いを進めるための地域福祉のあり方を検討することが緊要の課題となっている。従来型の福祉ニーズが複雑化し福祉そのもののあり方が多様化する中で、福祉部門における社会的コストは確実に拡大している。それにもかかわらず、近年の日本の福祉政策は、サービス主体の多元化と市場化の推進によって、福祉における国家の役割を間接的な役割へと縮小させ、地域や家族の役割を増大させる方向にある。福祉における国家の役割が縮小しつつある現在、地域社会におけるローカルな「つながり」の再構築こそが国家に変わる福祉の担い手として要請されているのである。<BR> Q県R市は、主要幹線交通体系から遠く離れたS半島の南東部に位置する。現在の人口約3万3000人、高齢化率が29.4%となっており同一県の市部と比較しても高い値を示している。R市における福祉ニーズは、失業の増加に付随した地域就労支援の問題と、これに付随した若年層、ひとり親、中高年世帯における生活困難現象の深刻化である。R市はいくつかの同和地区を有していることから生活困難者への生活支援課題を古くから有し、隣保事業の拡充に伴いさまざまな支援が独自に行われてきた。しかし、R市における地域経済の不安定化や雇用の流動化は格差の拡大を市民にも認識させ、貧困や生活困窮の問題が同和地区などの特定の地域に限った問題としての認識から、広く一般に浸透した問題として立ち現われてきた。特に重要かつ必要度の高い分野として、地域就労、児童福祉、独居高齢者の生活支援が挙げられるが、それぞれが行政および関係機関ならびに民間の支援者の連携を通じてユニークな実践を始めている。<BR> 子ども会は1972年に同和地区における児童教育の一環として隣保館で開始された。実施にあたり、専任主事が各隣保館に配置され、放課後の児童の学習生活全般にわたる指導を行ってきた。また、子ども会に通ってくる児童・生徒の様子から家庭問題の端緒をいち早く捉え、家庭養育環境の改善に介入することも少なくないことから、生活困難世帯における児童養護を行うことも多い。次に地域就労支援については、2006年より15歳から34歳までの若年層を対象とした就労ナビゲート計画が実施され、2007年よりNPO法人に業務委託して地域就労支援が行われている。NPO法人では就労相談員を1名配置し、窓口対応だけでなくアウトリーチ型の就労相談によって、個別の就労ニーズ、世帯状況、本人のスキルなどを総合的に判断し就労機会の紹介を行っている。また、相談者のケース記録を蓄積しているため、就労相談員は相談者の日常的な生活実態を把握し、就労相談を通した生活全般の見守り、問題解決の支援にもつながっている。地域福祉啓発推進相談事業は、相談業務は窓口対応型ではなく、相談員が高齢者世帯を個別に訪問し、ニーズを拾い上げサービスを届けるデリバリー型の相談業務であるが特徴的である。これらの相談業務は、困窮している独居高齢者が公的な福祉、社会保障へのアクセスすることを容易にしただけでなく、受益者としての負担の義務も啓発する役割も担っている。<BR> R市の福祉実践にみる複雑化した困窮者のニーズを発掘し、人的資源によりネットワーク化されたローカルな調整機能によって問題解決する「見える化」システムは、これからの新たな地域福祉を再構築する上でひとつの手がかりを示すものである。さらに、「見える化」は、地域の不可視化された問題を掘り起こすだけでなく、人的ネットワークによる地域の課題の共通認識を深め、「支えあい」や「つながり」の再構築を促がす装置としても注目すべき福祉実践のシステムであるといえよう。