著者
空井 伸一
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.59-73, 2012-11-24

本稿は、護摩で用いられる「芥子」、就中その匂いを感受する作中人物の描かれ方を手がかりにその心根を照らし出す試みである。麻薬としてのいわゆる「罌粟(opium)」に通ずる芥子の語感から、異常な作用をもたらすように受け止められることがままあるが、しかし実際にそのようなことはない。さして変哲もないものに過剰に反応するなら、それは受け止める側の心の問題ということになるだろう。本稿が目的とするのは『雨月物語』中の二篇を読み解くことだが、その手始めに「芥子の香」なる特徴的な表現で知られた『源氏物語』「葵」の帖につき、それが六条御息所の苦衷を描く上でいかなる意味を持つかを考察する。次いで、この表現を自覚的に引用した「蛇性の婬」につき、豊雄に執念くつきまとう真女子は「芥子の香」をもって調伏されながら、しかしその香は同時に、加害を為す邪神とは断罪しかねる彼女の心意をも浮かび上げていることを論ずる。最後に、悪逆な死霊が高野山という霊場に跋扈し、しかもその死霊自らが霊場の神妙を言祝いでみせるという不可解さが読む者を戸惑わせてきた「仏法僧」につき、そのように言挙げする死霊たちの自意識を■明する上で、彼らの連句に読み込まれた「芥子」の語がひとつの徴証となることを論じる。