- 著者
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竹谷 悦子
- 出版者
- 筑波大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2006
本研究は1930年代のアフリカ系アメリカ文学を、環太平洋という新しい文学の地政学のなかに布置し、グローバルな視座からその再考を試みるものである。とりわけ、真珠湾攻撃までの約十年間に、アフリカ系アメリカ人たちが思い描いたアジア/日本との超国家的連帯を掘り起こし、「ブラック・オリエンタリズム」の系譜を体系的に分析することを試みた。エドワード・サイードが西洋のコロニアル言説として定義したオリエンタリズムを、(西洋の)黒人とアジアとのあいだの複雑で、様々なねじれを伴う関係性をあぶりだすために援用し、アフリカ系アメリカ文学と植民地・帝国主義言説とのかかわりを多角的に考察した。この二年間に主な分析対象とした作家はジェイムズ・ウェルドン・ジョンソンおよびジョージ・サミュエル・スカイラーである。環太平洋というトポスは、アジアと短絡的に同一視されてはならず、むしろ様々な文化の接触・折衝がおきるコンタクト・ゾーンとして捉える必要がある。ジョンソンは、米国の「裏庭」とされるカリブ海を環太平洋地域として再布置し、米国のニカラグア占領と日本の満州占領とのあいだの歴史的共鳴のなかに、アフリカ系アメリカ人と植民地・帝国主義の共犯性と対抗言説への可能性を見いだしていった。またスカイラー分析では宗教の領域を横断しつつ、人種戦争ファンタジーに焦点をあて調査を行なった。スカイラーの近未来小説『黒人帝国』執筆の動機となったムッソリー二のエチオピア侵攻-第二次イタリア・エチオピア戦争-が与えた歴史的インパクトを、スカイラーが編集主幹を務めた『ピッツバーグ・クーリエ』を含む主要黒人紙から明らかにし、作品や報道に表出された人種戦争ファンタジーの源泉となっていた「日本」の象徴的/政治的機能を解明した。