著者
笠井 淳司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.198-202, 2012 (Released:2012-05-10)
参考文献数
34
被引用文献数
1

近年,ヒトや他の動物種の遺伝子配列が解読され,それに伴い新たなGタンパク質共役型受容体(GPCR)が発見され,これらの大部分が内因性のリガンドが不明なオーファンGPCRであることが明らかになってきた.本稿では,その中の一つで1998年に脱オーファン化したGタンパク質共役型受容体APJとその内因性リガンドであるアペリンのこれまでの研究について概説する.アペリンは13アミノ酸からなるペプチドで,その配列はマウスからヒトまで保存されている.APJはアンジオテンシンII受容体AT1とヘテロダイマーを形成することでアンジオテンシンIIの血圧上昇作用を阻害する内因性の拮抗システムとして機能していることが示されている.その他,アペリン–APJシステムは,血管内皮細胞に対し強力な増殖作用を示し,様々な生理的な血管形成および,病態時の血管新生に関与していることが明らかになってきた.さらに,既存の血管内皮増殖因子(VEGF)によりAPJの発現が,塩基性繊維芽細胞増殖因子(FGF2)やアンジオポエチン/Tie2システムによりアペリンの発現がそれぞれ上昇することから,既存の主要な血管新生因子とのクロストークが示されている.一方で,細胞内シグナルでは,VEGFなどのPKC/Raf/MEK経路とは独立してAkt/mTOR/p70S6キナーゼを介して細胞増殖作用を示すことが報告されている.また,アペリンは低酸素に誘導されることや,糖尿病網膜症などのマウスモデルにおいて発現上昇が生理的な血管形成時よりも劇的に高いことから,虚血性血管新生が関与する病態形成に強く関与することが考えられる.これらの疾患では抗VEGF中和抗体が臨床応用され始めたが,それに伴いいくつかの問題点が挙げられている.そのためVEGFシグナルとは独立した経路を持つアペリン–APJシステムを標的とした新規治療薬がこの問題点を解決できる可能性が考えられる.
著者
笠井 淳司 新谷 紀人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.281-285, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

ヒトゲノム解読の完了や科学技術の進歩により,生体内において様々な機能未知分子が同定されるようになってきた.これら分子の生理・病態的役割の解明において,分子に対する特異的作用薬(作動薬・拮抗薬)がない場合,当該分子あるいはその機能発現に関わる分子群の遺伝子改変動物,特に遺伝子改変マウスの表現型解析からのアプローチが有用とされている.本研究手法は,マウスの表現型異常の原因を遺伝子の改変に帰することができることから,異常が認められた表現型と遺伝子との直接的因果関連を実証できるだけでなく,予想外の表現型の同定によって,当該遺伝子の新規機能を導き出せる可能性を秘めている.しかし,従来の表現型解析では,主に目的とする表現型のみに注目した研究がなされ,他の表現型が無視される傾向にあったことや,表現型解析を行う場合には多くの実験装置や熟練した技術が必要であることなど,いくつかの問題点があった.これらを考慮し,簡易かつ迅速に遺伝子改変マウスの表現型を抽出し,網羅的に解析する方法として考案されたのがSHIRPA法である.本法は,三段階のスクリーニング系からなり,特に一次スクリーニングは遺伝子改変マウスの行動学的表現型を迅速に評価できる方法として有用である.本稿では,神経ペプチドPACAP(pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide)の遺伝子欠損マウス(PACAP-KO)における解析結果を例に,SHIRPA一次スクリーニング法の利用の実際を紹介する.