著者
村山 良之 笠原 慎一郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100244, 2015 (Released:2015-04-13)

東日本大震災の経験を踏まえて,文部科学省は,2012年『学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き』と2013年『「生きる力」を育む防災教育の展開』(1998年度版の改訂版)を学校現場に向けて提示した。これらはそれぞれ,学校の防災管理と防災教育の充実,向上を学校に求めた文書である。   学校の防災管理 大津波による被災や避難所での混乱を経験して,学校の防災管理の改善が急務である。上記の文部科学省(2012)は,これを踏まえたもので,各学校の防災マニュアル改訂の指針となるべきものである。これを基に,複数の教育委員会がマニュアルの「ひな形」を作成,提示している。標準的なマニュアルを基にして(適宜複製,改変して)各校のマニュアルを作るのは,「諸刃の剣」である 。 鶴岡市教育委員会は2012年度から防災教育アドバイザー派遣事業を行い,村山が指名された。その初年度は,鶴岡に関連するハザードと土地条件,および文部科学省(2012)等をテキストにマニュアル作成に関する内容の教員研修会を4回開催した。しかし,年度末に各校の防災マニュアル(相当の文書)を収集したところ,一部の学校で充実した改訂・策定が行われていたものの,多くの学校はまだまだであることが判明した。そこで,現職教員院生を含む発表者らは,宮城県教育委員会の了承を得て,宮城県教育委員会(2012)を下敷きにして,鶴岡市版を作成し,2013年度末に各校に配信した(鶴岡市教育委員会,2014)。これらの最初に,各校がマニュアル作成の前提となるべき事項を確認,整理するための頁を設定した。担当教員がもっとも苦労する頁になるかもしれないが,「自校化」の鍵と思われる項目群である。この頁の作成作業を,少なくともその確認を,校内の全教員でされることを望みたい。「諸刃の剣」であることを少しでも避けるための工夫である。(山形市版作成も進行中) 学校防災マニュアルは,改訂を継続することが必要であるし,実際場面では即興的な逸脱があり得ることも心しておくことが必要である。これらも,東日本大震災の教訓である。学校の防災教育 児童生徒に身近な地域の具体例を示したりこれを導入に用いたりすることは,学校教育においてごく日常的に行われていることである。自然災害は地域的現象であるので,学校の防災教育においては学区内やその周辺で想定すべきハザードや当該地域の土地条件と社会的条件を踏まえることが必要であるし,これによって,災害というまれなことを現実感を持って理解できるという大きな教育的効果も期待できる。すなわち福和(2013)の「わがこと感」,笠原(2015)の「自己防災感」の醸成につながる。たとえば山形県で火山災害を学ぶには,桜島ではなく吾妻山,蔵王山,鳥海山のうち近い火山を事例とすべきであるし,地震災害ならば1964年新潟地震や山形盆地西縁断層帯等を取り上げるべきである 。山形県に限らず最近大きな自然災害を経験していない多くの地域でも,過去の災害事例や将来懸念される災害リスクには事欠かない。ハザードマップも(限界も踏まえて)活用されるべきである。 このように防災教育は,多分に地域教育でもある。ただし防災資源も提示する等して,危険(のみ)に満ちた空間と認識されることは避けるべきである。たとえば小学生の「まちあるき」では,危険箇所とともに,堤防の役割(と限界)の指摘,防災倉庫の見学,消防団や自主防災組織へのインタビュー等,無理なく可能であろう。あらためて取り組むべき課題 当該地域に関わる誘因と素因の理解は,学校の防災管理や防災教育における自校化の土台としても必須であり,さらに,東日本大震災の教訓の1つである児童生徒自ら判断の土台でもある。 ところが,学校防災を担う学校教員にとって,当該地域のハザードや素因(とくに土地条件)を理解することが難しいことが指摘されている。自然災害に対する土地条件をもっともよく示すのは「地形」である。地形は地表面の形状であるから,わかりやすいはずであるが,そうは思われていない。国土地理院のウェブサイトから,容易に複数の地形分類図(土地条件図,治水地形分類図,都市圏活断層図等)にアクセスできるようになった。これと国や自治体が公表している各種ハザードマップを組み合わせることで,より的確な解釈が可能となる(はずである)。 地域と学校の実態に即した学校防災マニュアルの作成や改訂,防災教育の教材やプログラムの開発と実践が求められている。地理学研究者,地理教育学研究者は,学校教員と共同でこれに当たるまたはこれを支援すべきと考える。また,学校現場の教員や教員を目指す学生に,これを可能にするための,地球科学に関する基礎的な内容を含む研修や大学での授業が必要と考える。