- 著者
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絹谷 幸二
絹谷 宏美
大高 保二郎
- 出版者
- 東京芸術大学
- 雑誌
- 国際学術研究
- 巻号頁・発行日
- 1989
第1回「壁画の道」学術調査の報告、実績および展望以後数年間が予定される「壁画の道」学術調査の第1回は、旧石器時代オ-リニャック期〜マドレ-ヌ期の洞窟壁画を対象に、人類史における“絵画の誕生"を調査した。また純粋の壁画ではないが、極北美術の原始的造形の代表としてノルウェ-の岩面画を選び、旧石器→中石器への地理的・時代的移動を考察した。今回の調査の主なテ-マは、洞窟壁画の分布状況と地勢、生活と壁画、その保存状況、そして20世紀美術への寄与、等である。1.調査地点(1)西南フランス ペリグ-→ヴェ-ゼル河畔の洞窟グル-プ:レ・ゼジ-町周辺(フォンードーゴ-ム、馬の浮彫があるカプ・ブラン)、ルフィニャック、ラスコ-、さらに南東へカオ-ル:ペク-メルル等の洞窟壁画。ボルド-ではアキテ-ヌ博物館。(2)北スペイン カンタブリア海沿岸の洞窟に残る壁画群:アルタミラ、プエンテ・ビエスゴ村の近郊(エル・カスティ-リョ、ラス・モネ-ダス)、さらに西のアストゥリアス県ティト・ブスティ-リョの洞窟へ。首都マドリ-ドでは国立考古学博物館で調査。(3)ノルウェ- 首都オスロ近郊の岩面画:オ-スコ-レン、スク-グルヴェイエン、エッケベルク等。2.現在発見されている先史美術、殊に旧石器時代後期の洞窟壁画はその多くがフランス南西部から仏西国境沿いのピレネ-北面、さらにカンタブリア海沿岸のスペインへと拡がっている。それらの地勢は今回の調査の限りでは、なだらかで緑の豊かな高原地帯で、近くに美しい川が流れる丘陵地の高い所に位置していた。また、ところどころで石灰岩が白い肌をのぞかせるという共通の景観が強く印象に残った。3.壁画の場所、表現の地域差:絵が描かれた場所は生活空間である浅い場所よりもはるかに奥まった洞窟であり、いたずら描きとか鑑賞用というよりは、何か呪術的・祭祀的な目的のあったことをうかがわせる。ラスコ-ではかなり高い天井や凹面のカ-ヴに、またアルタミラでは大人が立っては歩けないほどに低い天井に描かれており、これら壁画の存在意義を考えるうえで重要である。空間構成では、ラスコ-は大小(大きいのは数メ-トル)様々な牛、馬を組み合わせ、ダイナミックな生命力と動感があり、色数も多い。一方、アルタミラの場合、凹凸のある岩面を巧みに活用してビソンテ、鹿を配列する構成で、色数は少ない。人間はこの時期のものではほとんど登場せず、わずかに動物を補獲する罠、手、それに謎めいた記号を留めるにすぎない。ノルウェ-の岩面画では人間が登場する。4.保存の状態:完壁なのはラスコ-のやり方で、一般公開は原則として認めず、その代わり、完全なレプリカを近年完成し、“ラスコ-II"と命名。これは従来の複製の概念を打ち破る精巧なもので、原作の感動を十分に伝えるものである。我が国でも、例えば高松塚のような日本人共通の遺産はこのようなレプリカを作って一般に公開すべきであろう。他方、アルタミラでは予約制で少人数に公開し、かつての新鮮な画面を目にすることができる。石灰分を含んだ水分が画面上でプラスティック状の透明層をなして顔料を保護している。5.20世紀への貢献:洞窟壁画の発見とその研究は近代も19世紀の後半になってからである。(アルタミラ1868年、ラスコ-1940年)。我々人類の先祖が生んだこれらの絵画は、19世紀後半に始まる近代芸術の閉塞的状況を打開する大きな力の一つとなった。6.次調査への展望:今回の調査は、人類最初の、最古の絵画であった。その造形は、思ったよりも自然主義的で、量体や写実性への意欲をうかがわせる。それが中石器から新石器時代へ、図式化・図案化の道をたどる。「壁画の道」という大きな流れの第一段階としてこのテ-マをまとめたい。