著者
綱川 雄大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.82, 2020 (Released:2020-03-30)

現在、国の政策として、観光産業の振興が積極的に推進されている。その背景には、長期的な低迷を続ける日本経済の復活と、少子高齢化と人口流出によって衰退しつつある地方圏における「地方創生」の2つの期待がかけられている。こうした状況認識のもと、インバウンドに基づく観光産業への期待が高まりながらも、深刻な人口流出と人手不足というジレンマを抱えている地方観光地において、どのような労働力確保が行われているのか、その特徴を明らかにすることが本報告の目的である。特に、観光産業の要と位置付けられ、主要産業として地域を牽引してきた宿泊業に焦点を当てて調査を行うこととし、研究対象地域として、長野県軽井沢町を取り上げた。本報告では、二次資料の分析と宿泊施設への聞き取り調査に加え、労働の実態をさらにミクロな視点から把握するために、軽井沢にある旅館に住み込みながら働く、参与観察調査も併せて行った。 軽井沢町には、ホテルや旅館、ペンション、民宿といったように、多様な宿泊施設が存在している。また、海外メディアにも紹介され国際的にも広く名前が知られる地域であり、近年では国内・国外資本が多数流入しつつある。このように、観光客の増加だけでなく営利企業の動きからみても、人気観光地だと判断できることから、地方観光地としての調査対象地域として適当であると判断した。 調査結果から、大規模資本が運営するホテルでは、繁忙期における労働の季節性という時間的なミスマッチを始めとした人手不足に対して、派遣・配ぜん人サービス会社を主軸として活用するほか、内部労働市場を用いた労働力の確保や、全国という広範な範囲で求人募集が行われているという特徴がみられる。これに対して中〜小規模宿泊施設が運営するホテルでは、大規模資本と同様に派遣・配ぜん人会社を主軸として活用する労働力確保が行われているものの、求人募集においては、軽井沢周辺からの通勤が可能な地域というローカルな範囲での募集が行われている。これは、雇用された従業員に対して、寮をはじめとする住宅環境を提供できるか否かの違いによるものである。宿泊業の仕事は一日の中で労働の時間性が発生するため、必然的に職住近接な環境が望まれる。これに対処するために、大規模資本は優れた資金力に基づいて、住宅設備を整えることによって労働の時間性の問題とともに空間的なミスマッチをも克服している。これに対して中〜小規模資本は、軽井沢町周辺からの通勤が可能な地域から募集することで、労働の時間性の問題を克服し、空間的なミスマッチを克服していた。 一方、長年、軽井沢町に根差し、地域に密着した個人宿泊施設においては、地縁・血縁を始めとした、「人的つながり」を活用することで、労働力確保を行っていた。このような人的つながりは、個人宿泊施設においては労働力の確保だけでなく、リピーターという顧客確保の面においても大きな力を発揮している。個人宿泊施設では規模が小さいために、必然的に宿泊客との距離が近く関係構築が容易で、リピーターなどの顧客獲得につながりやすく、一定数の顧客を確保することで、毎年安定した収益が得られるマーケティング的な要素としても作用していることが明らかとなった。観光には交流人口の拡大が期待されるが、その外にも、最近では関係人口という新しい概念もある。本報告の個人宿泊施設における宿泊客との人的つながりは、関係人口の増加に寄与する力を持っていると考えられる。