著者
羅 翠恂
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究では、四川地域の成都盆地東部に集中する晩唐期の千手観音像を主たる研究対象とし、これらの像が、腹前で阿弥陀の定印を結ぶことを筆頭に、四川地域における中唐期までの造像と異なる特徴を示すことに着目した。千手観音関連の経典では、千手観音を信仰しそのダラニを唱える者が「いかなる浄土にも往生できる」という功徳を説くが、弥陀定印をはじめとする晩唐期の造像に見られる特徴が、数ある浄土の中でも特に阿弥陀浄土への往生を願う信仰と結びつくものである可能性について、同時期の四川地域における仏教信仰の動向に鑑みながら探ることを目的とした。そのためまず、これまで未見であった四川地域東部に残る晩唐期の記年作例3件を調査・撮影した。またこれに加え、イギリス、大英博物館並びにフランス、ギメ東洋美術館にて、敦煌莫高窟蔵経洞から発見された絹本や紙本の絵画(所謂「敦煌画」)晩唐期の千手観音像10件あまりの調査・撮影を行った。これらは、四川と並んで千手観音像の多い敦煌地域に残る作例の中でも、晩唐期から五代にかけての記年作例が含まれる重要な作例群である。本年度の調査結果と昨年度までに収集済みのデータを合わせた結果、四川地域に残る唐~宋代の千手観音像に関しては、全ての記年作例と、報告や論文から把握できる作例のほぼ全件を網羅することができた。このため、記年作例が少ないことから年代比定が困難とされてきた四川地域の作例に関して、おおよその年代比定を行うことが可能となり、時代ごとの形式変遷を把握することができた。また、大英博物館とギメ東洋美術館所蔵の作例に関しても、実地調査を行うことで持物や眷属の種類や位置を具体的につかむことができ、四川の作例を分析する上での手がかりを得ることができた。