著者
臼井 則生
出版者
千葉大学
雑誌
千葉大学園芸学部学術報告 (ISSN:00693227)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.165-175, 1998-03-31

オランダ病(Dutch Disease)ならびに近年注目されているリソース・カース命題(Resource Curse Thesis)は,資源保有途上国の経済開発が当初期待されたほど容易なものではなく,むしろ豊かな天然資源の存在と,それに起因する輸出ブームが経済発展を阻害する効果を持ちうることを明らかにした.この問題に関する研究を通じて明らかになりつつあることは,資源保有途上国は天然資源を経済開発のための後ろ盾(backbone)としてではなく,あくまでボーナス(bonus)と見做し,特に輸出ブームの過程においては慎重なマクロ経済運営を行う必要があるという点である.本稿では,輸出ブームのなかでのマクロ経済政策のひとつの側面として対外借入を取り上げ,輸出ブームによる国際的信用の改善による対外資金の流入が持ちうる効果をオランダ病の理論的枠組みのなかで分析し,さらに1970年代末,ともに原油ブームを経験したインドネシアとメキシコについて,その対外借入政策の比較分析を行った.メキシコは原油ブームのなかで拡張的経済運営を行い,それに起因する対外不均衡を是正するため対外資金への依存度を急速に高めたのに対し,インドネシアの借入額は許容範囲内であった.さらに,対外債務の構成においても,インドネシアの債務は長期低利資金のシェアーが大きいという点で,変動金利の短期資金の取り込みを急増させたメキシコと大きな対照をなしている.インドネシアがオランダ病を回避し,輸出構造の多様化を通じて高成長を達成しえた要因のひとつは,こうした慎重な対外借入政策にあるものと考えられる.一方,メキシコの野心的な経済運営は,オランダ病による経済停滞のみならず1982年の債務危機につながっている.本稿の分析結果は,資源保有途上国の経済政策に関する上記のコンセンサスを支持するものである.インドネシアのこうした慎重な政策運営を支えた要因は,スカルノ体制末期の経済混乱からの回復過程で確立したテクノクラートによるマクロ経済運営と,原油ブームのなかでのプルタミナ危機(Pertamina Crisis)によるナショナリストへの打撃にある.また,メキシコの経済政策の背景には,人民主義(Populism)にもとづく政府主導の積極的開発政策を求める強力な政治的圧力がある.経済政策の方向性は,それぞれの国が置かれた政治経済的ならびに歴史的要因に規定される.しかし,各国固有のこうした要因を除いて考えてみても,オランダ病を回避し,長期的な経済発展を推し進めるためには,あくまで慎重なマクロ経済運営が求められること,この点は資源保有途上国の経済開発に対する両国の経験から導かれる知見として共有されてよいものと考えられる.
著者
臼井 則生
出版者
千葉大学
雑誌
千葉大学園芸学部学術報告 (ISSN:00693227)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.215-226, 1997-03-28

本稿は発展途上国において輸出ブーム現象が誘発する構造調整問題,すなわちオランダ病を回避するために如何なる政策対応が求められるのかを明らかにするため,1970年代に原油ブームを経験し,しかも対照的な経済パフォーマンスを示したインドネシアとメキシコの経済運営に関する比較検討を行ったものである.両国の経済運営にはいくつかの相違点が存在し,特に政府財政,対外借入ならびに為替レート政策に対照的な点が見い出された.メキシコは潤沢な原油収入が存在するなかで野心的な開発政策を展開し,財政ならびに貿易収支の赤字を拡大させ,結果的に政府の経済運営に対する信認が失われるなかで生じたキャピタル・フライトをファイナンスするため対外借入への依存度を増大させた.また,対外不均衡を解消するため為替切り下げを実施したものの,適切な需要管理政策が欠落したために,その効果は限られたものとなった.こうしたメキシコの状況に比べ,インドネシアの政府財政ならびに対外借入のあり方は比較的コンサーバティブであり,しかもこれらの対応は同時に実施された為替切り下げと整合性を有するものであった.メキシコが製造業部門の停滞というオランダ病の兆候を見せる一方で,インドネシアがオランダ病の影響を回避しえた理由のひとつは,こうしたマクロ政策対応の相違にあるものと考えられる.また,メキシコにおいては原油収入の多くが石油生産拡大のための公共投資という形で用いられたのに対し,インドネシアではオランダ病の影響を受けると考えられる製造業ならびに農業といった貿易財部門への投資として用いられた.原油ブームによる収入が貿易財部門の供給能力を増大する形で用いられたことが,インドネシアの成功のもうひとつの要因と考えられる.両国の比較分析を通じて得られる知見は,オランダ病の影響を回避するためには当該国の政策当局は輸出ブーム収入の短期的棚上げを含めたより慎重なマクロ経済運営を行う必要があるということ,ならびに輸出ブームによる収入を長期的観点から貿易財部門を中心にその生産基盤を強化する形で用いるべきであるという二点である.